思いをつなぐ文様と形 ~桜の文様~

工芸品や染織に用いられるさまざまな文様には、作り手の思いが込められています。単にデザインとして楽しむだけでなく、その背景にある意味や思いを少し知るだけで、見なれた作品も新鮮に感じられ、いつもの暮らしが心豊かになることでしょう。
~桜の文様~
日本の花と言えば、奈良時代までは「梅」を指し、「桜」が本格的に愛され始めたのは、平安時代以降と言います。
当初は、原種である山桜が愛されましたが、その後鎌倉時代を経て八重桜や枝垂れ桜など種類が増え、桃山期以降には桜の文様も多種多様になりました。
桜は、寒い冬から芽を出し始め、春に一気に咲き誇る様子から「繁栄」「豊かさ」への思いが込められ、本居宣長が「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」と詠んだように、花の散り際の良さから「大和心」を象徴するものとして人々を魅了しています。
また、桜にちなんだ和歌や謡曲、文学などを元にした文様や描写も多くあり、さまざまな物語を通して作者のメッセージが込められます。
桜の文様は、ほかのものと組み合わせた文様が多く、流水に浮かぶ「桜川(さくらがわ)」、筏舟と合わせた「花筏(はないかだ)」、紅葉と共に描いた「雲錦(うんきん)」など、枚挙にいとまがありません。
桜自体は春を告げる代表的な花ですが、桜文様に関しては季節にこだわらず使うことができます。
前回に続き、千家十職・十七代 永樂 善五郎(而全)氏による作品の中から、桜の文様が描かれた茶碗をいくつかご紹介いたします。
桜樹(おうじゅ)
松や梅などと同じく、桜も木の幹と共に描かれることが多くあります。満開の桜の姿を愛でる楽しみだけでも十分ですが、その中に「繁栄」や「豊かさ」への祈り、自然への憧れや畏敬の念などの思いも込められます。
-
十七代 永樂 善五郎(而全)作 桜ノ絵茶碗
「鑑賞のてびき」
咲き誇る桜を色絵で表現した絢爛豪華なお茶碗です。金彩とプラチナ彩を効果的に使い、美しい桜の佇まいに品格を与えています。春のお茶碗として一つ持ちたいものです。
桜花(おうか)
桜花は花びらの先が二つに分かれているのが特徴で、単純な線描だけでも圧倒的な存在感があります。ちなみに梅花は花弁が丸く描かれ、桃花は花弁の先が尖って描かれることが多く、それらを見分ける手がかりになります。
-
十七代 永樂 善五郎(而全)作 割高台桜ノ絵茶碗
「鑑賞のてびき」
土物(つちもの)の割高台茶碗に桜文を象嵌した永樂先生としては珍しい意匠。高台の拝見の折に目に入る「永樂印」でお席の話題がはずむことでしょう。
桜川(さくらがわ)
流水に桜が流れている様子を文様化したもので、能楽の演目「桜川」にちなみます。「桜川」とは、花吹雪の乱れ落ちる常陸国(今の茨城県)桜川のほとりで繰り広げられる親子の出会いを描いた、哀しくも美しい物語で、親子の絆を秘めた文様とも言えるでしょう。
-
十七代 永樂 善五郎(而全)作 波ニ桜絵茶碗
「鑑賞のてびき」
大胆に図案化された桜と水の意匠がかえって爛漫の桜の光景を想像させます。描き尽くすことでは得ることのできない侘び、寂びの心情を表しています。
<千家十職・十七代 永樂 善五郎(而全)>
1944年(昭和19年) 十六代 善五郎の長男として生まれる
1966年(昭和41年) 東京藝術大学日本画科卒業
1968年(昭和43年) 東京藝術大学大学院陶芸修了
1994年(平成6年) パリ三越エトワールにて個展
1997年(平成9年) 国際色絵コンペティション’97九谷・金賞受賞
1998年(平成10年) 十七代 永樂 善五郎襲名
1999年(平成11年) 日本橋三越本店にて十七代 永樂 善五郎襲名展
2006年(平成18年) 京都府文化賞功労賞受賞
2021年(令和3年) 家督を長男・陽一氏に譲り「而全」と名乗る
監修
日本橋三越本店美術部(茶道・工芸担当) 三宅慶昌
参考図書 ※50音順
「茶道具に見る日本の文様と意匠」森川春乃著 淡交社
「日本の文様」光琳社出版
「日本の文様」小学館
「日本の文様」パイインターナショナル
「日本の文様」コロナ・ブックス編集部/編 平凡社
「日本の伝統文様事典」片野孝志 講談社
「文様を読む 茶の湯を彩る四季のデザイン」木下明日香著 淡交社
「やきもの文様事典」陶工房編集部編 誠文堂新光社
展覧会のご案内
襲名記念 千家十職 十八代 永樂善五郎展
□2023年5月10日(水)~5月15日(月)[最終日午後5時終了]
□日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊
令和3年に京焼の名門・永樂家の家督を継承した、十八代・永樂 善五郎氏の襲名記念展です。先代・十七代善五郎(而全)氏の薫陶をうけた若き当代が、独自の造形と色彩を駆使して制作した茶陶作品70余点を一堂に展覧します。