絵の中に潜む~日常と空想の狭間~
武田 史子 銅版画特集

武田 史子さんは東京藝術大学大学院で学んだ後、若くして数々の公募展にて入選を重ね、1993年には版画専門の国際展として世界でも最も古い歴史をもつリュブリアナ国際版画ビエンナーレに招待出品されるなど、版画アーティストのホープとして注目を集めました。その後も国際的に著名な版画公募展で次々と受賞し、海外でも高く評価。現代版画界を代表する作家の一人として国内外で活躍されています。
武田さんの作品は、何気ない風景や静物を独自の視点で再構築した幻想的な世界が魅力です。銅版画ならではの美しい黒の色調、光と陰が交錯するユニークな世界観が観る者を異次元の世界へと誘います。
今回の特集に合わせて、武田さんに版画作家になったきっかけや技法について、制作にかける思いなどをお伺いしました。
銅版画家になったきっかけについて

版画作家をはじめは全く目指していませんでした。なりたかったのはグラフィックデザイナー。版画の知識もシルクスクリーン・木版画の知識が少しある程度で、作家も知らず・・・の状態でした。ではなぜ、美大を目指したかといえば、藝大油画を修了した母の影響かもしれません。子供時代は絵を描くのが好きで、母はこの子はこれしかないなぁと漠然と思ったそうです。当時の絵のことを母に聞きますと、小学生の低学年時代から給食の絵や朝顔の観察などが事細かに描かれていたそうです。
こんな子供が成長し受験期を過ごして、私学のグラフィックデザイン科に入学。選択授業で版画(シルクスクリーン・リトグラフ・銅版画)があり、浅い知識とアンディウォーホールが好きでしたので、まずシルクの部屋に行くと溢れんばかりの学生がいて、同様にリトグラフもそうでした。そしてすごすごと最後の小さな銅版画の部屋に行ったわけです。
学生は数人。それが銅版画との出会いでした。その後、藝大(デザイン科)に入り直し、そこでも2年時に版画の選択授業があり、銅版画とリトグラフの基礎を学びました。
どちらの大学でもちょっと褒められると気分良くなり、その上「やっていたなら続けてみれば?」と言われてその気になってしまい・・・。現在に至るのかもしれません。もともと、細かいことが好きだったので性にも合っていたのでしょう。
銅版画の技法について

銅版画にはエッチング・アクアチント・メゾチント・ソフトグランドエッチング等々、多くの技法があります。私は大学で基礎的なことは集中講義で学びましたが、その後はほとんど独学に近いものです。多くのことを故 深澤 幸雄先生のご著書で学びました。
版画を始めると(特に銅版画)多くのマチエールに興味を持ちます。そのマチエールを生み出すことは、とても大事なことです。表現の幅が広がりますから。でもそれに溺れてしまうと大変だと思います。版画は、マチエールの面白さもありますがやはり、“手で描く、手で考える”ことが大切だと思うのです。
いろいろなものを観察し、描く。そこから生まれ出る線は、その人しか生み出せない“線”であり“かたち”です。その部分を大事にしたいと思い、主としてエッチング(ソフトグランド含む)やアクアチント・メゾチントの技法で描いています。
また刷るときは「雁皮(がんぴ)刷り」です。土台になる紙は洋紙となります。雁皮紙は和紙の中でもごく薄い、透けるような目の細かいものです。この和紙は、細かいディテールを吸い取ってくれて、綺麗に刷り上がるのですべて雁皮紙に刷っています。そして、手彩色に使用している画材は、「顔彩(がんさい)」。色の発色が美しいのと一点ものを作るつもりで彩色にしています。
制作する上で大切にしていること

私が制作上で大切にしているのは、“日常と空想の狭間”の表現です。ただ単に描くのではなく、ちょっと変わった空間だったり、カタチだったり等々、なにかを絵の中に隠し込みたいというのがあります。やりすぎは禁物ですが、ちょっとした不思議さ、楽しさ、面白さをどこかに隠しもてたらと常々思っています。
自然物を描くときは、じっくりと観察して動きや美しさ、特徴等を自分の形や線で表現できたらと、、いつも思いながら描いています。そして、生命力溢れるものばかりではなく、朽ちていくものへの慈しみなど陰と陽を対比させることを心がけています。
常に独りよがりにならないように、ときには一歩も二歩も下がり、他者の眼になるようにも心がけています。それでもなかなか難しくもあります。長年独学で制作を続けてきましたが、やりたいこともたくさんあり、まだまだ銅版画が楽しいことは確かです。
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「夢人」(2017年 高知国際版画トリエンナーレ・佳作賞) 作品を見る
作家コメント
人物を描きたいと思い続け、ようやく自分らしい線で表情が表現できた作品。草花の中で眠るような、もしくは目覚めているような、、そんな中性的な人物です。人物の作品で賞を頂いたことは、今でも自分の中で非常に励みになっています。
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「ロマネスクのかけら」(2017年 アワガミ国際ミニプリント展・優秀賞) 作品を見る
作家コメント
骨董市で見かけたガラスのドーム。その中にロマネスクの時代を感じるような塔のかけらを閉じ込めました。30代の頃ヨーロッパを旅行した折に、ロマネスク建築を多く見て回ったことがあり、ゴシック建築よりも静謐さを感じるその時代のものがとても好きです。
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「彷徨う星」(2018年 高知国際版画トリエンナーレ・入選作) 作品を見る
作家コメント
気球のような浮かぶものを描きたくなり、制作した作品です。ただそのものを描くのではなく、光の泡のような玉のようなものが溢れ出ているものにしたかった。そして、風の流れを感じるように切れたワイヤーを動かしてみたりと楽しみながら制作したのを覚えています。

1963年 東京都生まれ
1989年 日本具象版画展 優秀賞
1991年 東京藝術大学大学院美術研究科修了(修了制作買上賞)
1993年 第5回和歌山版画ビエンナーレ・入選、第2回高知国際版画トリエンナーレ・入選、第2回さっぽろ国際現代版画ビエンナーレ・入選
1997年 The Royal Academy Illustrated A Souvenir of the 299th Summer Exhibition(The Royal Academy of Art/London,U.K.)
1999年 第23回リュブリアーナ国際版画ビエンナーレ・招待作品
2000年 文化庁買上げ優秀作品(現代選抜展・文化庁)、日本テレビ「美の世界」出演
2003年 The 11th International Biennial Print and Drawing Exhibition 2003 R.O.C(Taiwan Museum of Art/Taiwan)
2004年 文化庁国内研修員
2005年 Seoul International Print,Photo&Edition Work Arts Fair
2013年 第1回京都版画トリエンナーレ・推薦出品(スポンサー賞)
2016年 アワガミ国際ミニプリント展(賞候補)
2017年 高知国際版画トリエンナーレ展(佳作賞)、アワガミ国際ミニプリント展(優秀賞)
1990年より 銀座において、みゆき画廊、ミウラアーツ、福原画廊、ギャラリー椿etc.で個展(新作発表)
そのほか 本間美術館(山形県酒田市)、東京會舘ギャラリー(丸の内)等個展多数、グループ展多数開催
<パブリックコレクション>
東京芸術大学、本間美術館、文化庁、多摩美術大学美術館