積み重なる時間と詩的空間を描く
山本 雅子 作品特集

絵画の中に経年変化の魅力を加え、独自の詩的な世界を描く山本 雅子さんの作品をご紹介します。
グラフィックデザイナーを目指して東京藝術大学に進んだ山本さんは、大学在学中にイタリアで教会壁画を見て感動し、本格的に画家になることを目指されました。
山本さんが描く作品の魅力は、ヒビ割れた絵肌や額縁から伝わってくる詩情に満ちた時間の積み重なりでしょう。また、作品の中に現れる現代的なモチーフと、時間の流れる雰囲気とのギャップを感じるのも楽しみのひとつです。
山本さんに画家になったきっかけやこだわりの描画技法、制作にかける思いなどをお伺いしました。
作家を目指されたきっかけについて
子どもの頃から私のアイドルは和田 誠さんで、大人になったらグラフィックデザイナーになると決めていました。
高校生になれば、何の疑問もなく美大のデザイン科を軒並み受験し、東京藝術大学のデザイン科に納まったのですが、ここに来てなぜか在学中はデザインの勉強そっちのけで絵を描き始めます。
恐らく、20歳になるかならないかの時期に、初めての海外旅行で幸運にもローマ・フィレンツェに行くことになり、教会の壁画を多数見ることができたのがきっかけだったように思います。
元々高校までミッションスクールに通っていて身近なモチーフだったからか、実物を見て衝撃を受けると言うより、穏やかな、落ち着いた気持ちになったことを覚えています。
特にフラ・アンジェリコに大きな感銘を受け、憧れました。
「あんな絵を描きたい」と試行錯誤が始まり、博士課程修了時にはおおよそ現在のスタイルになっていました。
当時の担当教授だった大藪 雅孝先生には大変おおらかに見守っていただき、以来今日までゆっくりゆっくり自分のペースで絵を描いています。
独特な風合いを感じさせる描画技法について
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「garden」(部分) 作品を見る
そもそも教会の壁画のような絵を描きたかったのだから、フレスコやテンペラの勉強でもすればよかったのですが、元来面倒くさがりな性格で、手元にある素材で何とかならないかと四苦八苦した結果、今の手法に落ち着きました。
下地は石膏や漆喰の代わりにアクリルのモデリングペーストという大理石粉が入ったメディウムを使っています。
それこそ壁を作るような気持ちで厚塗りすると乾燥時に自然とヒビ割れができるので、このヒビを残しつつ、研磨して平滑にするのですが、余分なヒビや小さい穴を埋めては研磨してを繰り返すので非常に時間がかかります。
キャンバスや板にそのまま描くことも試してみましたが、猫の毛を一本一本描き込むような私の描写には、極細い線がスムーズに描ける平滑な下地が必要でした。
描画にあたっては、アクリル絵具をインクのように薄く溶き、思った色が出るまで何回も、それこそ数十回でも塗り重ねます。
そうすることで透明感を維持したまま、色に深みが出るようです。絵の具を塗り、乾燥させる時間をぼんやりと過ごしては、また塗り重ねて僅かな変化を起こす、その繰り返しも私の好きな作業です。
仕上げにクラッキングメディウムを使って、表面にも経年変化したような細かいヒビを入れています。
骨董や古いものが好きと言うことと、「いつ頃描かれたものか分かりにくくなれば面白いな」という、ちょっと捻くれた考えからです。
同じような理由で私はサインを入れていません。驚かれることもありますが、サインがないことが私のサインのようなものです。
描くことで大切にしていること
延々と続く市松の床、ダマスクやアラベスクの細かい壁紙の模様を描き込むことは、私にとっては非常に落ち着く作業です。
本当は床と壁だけ描いていたかったのですが、それではさすがに寂しいと、最初は人物を入れていました。
ある時、思い立って、友人の飼っていたゴローさんという大きな猫を描いてみたところ、これがとてもしっくりきて、やっと画面を支配できる対象に出会った感覚でした。それからは、すっかりゴローさんが私の画面に居座ることになります。
後に私自身も時を置いて永吉と大吉という2匹の猫を飼うことになり、この3匹が入れ替わり立ち替わり、私の画面で活躍してくれています。
そして猫の毛を一本一本書き込むことも、私の心の安定となりました。
私の描き方では、猫の毛は描けば描くほど、あのふんわり感に近付けるので、止め時が難しいです。許されるなら実際の猫と同じだけの毛を描き込みたいくらいです。
また画面のサイズも私には重要です。
なるべく小さいサイズ、キャビネットやデスクに置いている写真立てのような、どこにでも一緒に持って行けるイコンのような、小さな部屋の小さな壁にこっそり掛けられるような、そんな小さいサイズで描くことも私の楽しみのひとつです。
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through the window 2
イメージサイズ:約 27.5×19cm
額サイズ:約 47.9×37×7.5cm
素材:木製板 アクリル絵の具 油絵の具ほか
価格:264,000円
作家コメント
室内を描くことが多く、自ずと窓も登場します。私の作品にとっての窓は、美しい景色を眺めると言うより、異なる世界との繋がりのようなイメージです。ですので、異世界から思わぬ訪問者がやって来ることもあります。額装にはカーテンを付けました。見ている方にとっても、カーテンの向こうは異世界と感じていただければと思います。
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quiet
イメージサイズ:約 22×15.5cm
額サイズ:約 37.6×30.6×5.9cm
素材:木製板 アクリル絵の具 油絵の具ほか
価格:220,000円
作家コメント
羽根のモチーフについて、実は鳥の羽根と言う自覚はありませんでした。鳥籠まで描いておいて・・・なのですが。では何の羽根なのか。一番近いのは天使の羽根かもしれません。いずれにしても、この世のものではないと思います。額装では絵の周りに羽根が舞っているような特別なものにしていただきました。
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pretender
イメージサイズ:約 26×18.5cm
額サイズ:約 39.2×31.8×5.5cm
素材:木製板 アクリル絵の具 油絵の具
価格:220,000円
作家コメント
猫はこちらの都合に関わらず、その空間に於いて王、もしくは女王として振舞います。モデルとなった猫の“永吉”は、非常に謙虚な性格であったので、もうちょっと主張してもよかろうと、ドレスアップさせてみました。少し居心地が悪そうです。
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boyhood
イメージサイズ:約 25.7×18.2cm
額サイズ:約 41×33.4×5.7cm
素材:木製板 アクリル絵の具 油絵の具
価格:220,000円
作家コメント
現在のモデル猫、“大吉”の幼少期です。彼はよくこの表情、ポーズをします。いかにも生命・宇宙、そして万物についての究極の疑問を深慮しているようですが、単によからぬことをやらかした後で、なぜこんな些細なことに人間が大騒ぎするのかわからない、そもそも自分はまったく悪くない、と主張している様子です。

1987年 東京藝術大学美術学部卒業
1989年 東京藝術大学大学院修士課程修了 大藪 雅孝教室
1998年 日本橋三越本店にて個展開催
以後、全国の百貨店やギャラリーにて個展・グループ展を開催。