~お茶のこころを伝える~ 父から子への手紙 令和五年・秋

季節を五感で感じ、自然と一体となることで人生を豊かにしてくれる「茶の湯」の世界。
お茶をたしなむ父から愛する子にあてた手紙には、相手を思いやるさりげない心づかいや、現代人が心豊かに人生を送るためのヒントが散りばめられています。
お作法やしきたりはちょっと横において、暮らしの中で楽しむ「茶の湯」の世界を覗いてみませんか。
父から子への手紙 令和五年・秋
お元気でお過ごしのことと思います。
秋が近づくといつも思うことがあります。君の名前の一部分である「桂」の一字。
桂は月に生える伝説の木ということから月の異称でもあります。月というのは自分では光ることができません。太陽という大きな存在の力によって初めて光り輝くのです。
人間は決して一人では生きてはいけません。さまざまな人のお力を借りて大きくなってほしい、いつも謙虚な気持ちを持って成長してほしい、そんな願いを込めて名付けました。
君はそんな思いを知ってか知らでか、小さい頃から他人に対しても親の私たちに対しても、感謝の言葉を自然と発していましたね。当たり前のことですがなかなかできないことです。
日本人が月を大切にしてきたのも少し分かるような気がします。
そちらの月は、こちらから見る月と同じ形だそうです。
風邪をひかぬように。お元気で。
子から父への返信
お手紙を有難うございました。そちらの夏はことのほか暑かったと聞いております。無事に乗り切られたことを嬉しく思います。
私の名前にある「桂」の字の意味は何度かお父さんから聞いておりました。素直な気持ちで人と接しなさいとも。
海外で暮らしていくにあたってはこれが自分らしさであると分かってはいますが、自己主張、自己表現とのバランスを取るのが難しくもあり、また面白いところでもあります。
月の香合を以前にお父さんが使われたのを覚えています。水に映った月を猿が掬おうとしているという筋立ての道具立てになっていたと思います。
ちょうど私が新入社員で失敗続きの日を送っていた頃でした。心を静かにして物事の本質をつかめというお説教をされたように思います。チャンスは誰にでも等しく与えられているとも。
今夜は満月のようです。
急な気温の変化にお気をつけてお過ごしください。
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加藤利昇作 茶碗「月に芒」(左右共に)
~お茶のこころを伝える~
日本橋三越本店 美術部 茶道・工芸担当 三宅 慶昌
今回は子どもの名前の一字から生き方への大きなお話に発展しました。自然に対する畏敬の念を持った、他者に優しい子に育ちました。
秋のお茶のシーンには月がよく似合います。月が私たち日本人の心の在り方、考え方に深い影響を与えていることは間違いありません。
今年の暑い夏を乗り切った今、待望の秋のお茶会を楽しんでみませんか。

また、入社とともに茶道入門、知識と人脈を広げ、人間鍛錬の糧として茶の湯の精神を学んでいる。
プライベートでは、妻と娘二人の父であるが、ともに独立し、たまにSNSで娘たちと交流するのが楽しみ。