アーティストとして挑戦を背負い続けることで広がる表現の領域|陶芸家 野口 寛斉

アーティストとして挑戦を背負い続けることで広がる表現の領域 陶芸家野口寛斉のメインビジュアル

ミュージシャンとしてプロデビューというひと握りの人しか実現できないような夢を叶えながら、30歳で陶芸家へと転身した野口 寛斉さん。かつてはコンプレックスだったという独学での作品制作も、現在では野口さんの個性となりアート作品としての評価が高まり、海外の愛好家からも注目されています。今回、伊勢丹新宿店での個展に向けて、百貨店での開催だからこそ期待することなどをお話しいただきました。

Kansai Noguchi Exhibition

□2025年1月22日(水)~1月29日(水)
□伊勢丹新宿店 本館5階 センターパーク/ザ・ステージ#5

※諸般の事情により、営業日・営業時間、予定しておりましたイベントなどが変更・中止になる場合がございます。必ず事前にホームページを確認してからご来店ください。

野口寛斉のプロフィール画像
野口 寛斉
陶芸家
1982年、福岡県生まれ。
音楽を学ぶために2013年にアメリカに渡る。ニューヨークでイサム・ノグチの作品に刺激を受け、帰国後にビジュアルアーティストになることを決意。
2016年、ミッドセンチュリーモダンにインスパイアされた陶芸レーベルとして野口寛斉スタジオをオープン。
現在は、陶芸作品から版画、水墨画、抽象画など幅広く制作。

プロデビューまでした音楽を諦め陶芸家として再出発

─寛斉さんといえばキャリアが異色で、陶芸家の前はミュージシャンとしてプロデビューされていますよね。

野口さんがインタビューを受けている画像

野口:20代はそうでした。ただ30歳の時にバンドが解散して、そこから音楽を続けるか辞めるかと悩んだ時期がありました。
一人になっても続けていくなら、大好きなブラックミュージックをやりたかったので、本場の音を聴いてみたいとアメリカに渡ったんです。本物について学ぶための行動でしたが、それが結果的に音楽と決別することにつながったんです。

─アメリカで何があったのでしょうか。

野口:自分の音楽では本場では勝負にならないことがわかりました。
生まれ持った身体能力の違いから、日本人では金メダルは不可能のような競技がありますが、それと近しい感覚です。もう音楽は辞めるべきだと思いましたし、仮に続けるにしてもブラックミュージックからジャンルを大きく鞍替えするしかないという選択を迫られて、自分は辞めることを選んだんです。

─音楽を諦めて、なぜ陶芸家だったのでしょうか。

野口:アメリカに住んでいた友達が美術関係の仕事をしていたことで、一緒に現地の美術館巡りをしたんです。そこには日本人作家のアート作品も展示されていたのですが、それを見た時に世界と対等に渡り合っていると感じたんです。その瞬間に「この世界で自分も勝負したい!」と思いました。勝負できる根拠はないですし、そう思った理由も説明できないんですが確信したんです。今考えると恐ろしいですけどね(笑)。
それで帰国後に知人の紹介で、彫刻家のアシスタントをするようになりました。でもやりたいのは陶芸だったので、仕事がない週末は独学で作品を作り続けていました。

─ミュージシャンという夢が叶ったのも音楽に真剣に打ち込んだからだと思いますが、その経験は作陶にも活かされているのでしょうか。

野口:作品に直接影響しているわけではないですが、努力の仕方や人生の懸け方などプロとしての心構えは音楽のおかげで得られたと思っています。「これぐらい頑張ればいい」ではプロの世界では生き残れないことは、身をもって経験しているつもりです。
陶芸家として10年目なのですが比較的早く、若くして名前を知ってもらえたのは僕のバックグラウンドに注目してくれて、ファッション系のメディアが取り上げてくれたというのもあります。そこは音楽をやっていたことが活かされているのかもしれません。

─今回の個展はギャラリーではなく百貨店です。伊勢丹新宿店からのオファーをどう思いましたか。

野口:いろいろな方の目に触れる百貨店で開催できることは、素直にうれしいです。
僕がアメリカで刺激を受けて美術の世界にのめり込んだように、陶芸に興味がない方が僕の作品を見てポジティブな感情を抱いてくれたらうれしいですね。
伊勢丹新宿店は百貨店の中でも飛び抜けて尖っているので、僕の発想にはないような見せ方を考えてくれそうなので、展示もお任せするつもりです。担当者さんにはプレッシャーになるかもしれませんが(笑)。

─伊勢丹新宿店は尖っているイメージですか。

陶芸作品の画像

野口:ファッションでもカルチャーでも最先端の印象があります。そんな百貨店のお客さまは、購入された作品を暮らしにどう取り入れるのかと楽しみな部分が多いです。
僕も花器として制作したつもりでも、完成したら「これはオブジェか?」と自分でもよくわからなくなることがあります。
茶道では道具などを本来の用途ではなくて別の用途で扱う「見立て」という考え方がありますが、それと同じように自由な発想で楽しんでほしいです。

─紆余曲折はあったかもしれませんが、寛斉さん自身も陶芸の世界を自由に楽しんでいるように感じます。

野口:20代の頃は、30歳を過ぎて自分が陶芸の世界に身を置いているなんて考えたこともなかったですが、飛び込んで正解だったと思っています。
ミュージシャン時代は自分が持っているもの以上を出そうと無理ばかりしていたので、心がザワついていることが多かったのですが、今はすごく居心地がいい場所に辿り着けたという感覚があります。音楽で惨敗したからこそ現在があるので、大きな挫折というのも、新たに前を向くためには必要なことなのかなと思います。

コンプレックスだったことも今は自分らしさと思える

─伊勢丹新宿店では書の作品も展示されますが、陶器に留まらず表現の領域は今後も広がっていくのでしょうか。

作品作りをしている画像

野口:アメリカから帰国した時に、自分としてはアーティストであり続けたいという気持ちを強く持っていました。その時点でやってみたかったのが陶芸だったんです。これからどんなアートに関心が向かっていくのか、そこは自分自身に期待しているところもあります。
10年というのは陶芸家のキャリアとしては浅いです。ですがミュージシャンだってアーティストですから、僕の表現者としての下積みは10代からスタートしていると思っています。

─表現の挑戦は続けていくということですね。

野口:挑戦することでファンの方が期待する作風からガラリと変わってしまうこともあるかもしれません。でも、そこを恐れずに突き進むことはアーティストの宿命でもあるような気がします。

─東京から山梨に引っ越してアトリエも移すということですが、それも挑戦の一環でしょうか。

野口:陶芸家としては、まだ若手の40代だからこそすごく大きな作品をやりたくて、東京のアトリエでは手狭なので山梨に拠点を移すことにしました。
将来的には両手に収まるぐらいの作品がメインになっていくかもしれませんが、今は圧倒的な存在感を放つような作品に挑戦してみたいと思っています。

─寛斉さんの作品は静よりも動を感じるので、すでに存在感があるように思います。音楽用語でのグルーヴのような。

作品作りをしている画像

野口:作風はキャリアとともに変わってきています。
最初の頃はきれいに整った作品が多かったですが、それだと物足りなくなったんですよね。
師匠のもとで修業をしたわけではなく、陶芸についてきちんと学んでいないことはずっとコンプレックスだったのですが、それもセオリーや常識にとらわれないという意味では、独学で良かったのかもしれないと思うようになっています。

成長のために賛だけでなく否の意見もぶつけてほしい

─最近の寛斉さんの作品に対して、お客さまからはどんな声が多いですか。

陶芸作品の画像

野口:作品について質問される内容が変わってきました。
食器や花器として購入する方だけではなく、最近はアートとして選んでくれるお客さまも増えてきたので、そんな方からは作品の意図やテーマなどをすごく聞かれるようになりました。

─目の肥えた方から質問攻めをされたとしても、アーティストであり続けたいという寛斉さんからすると、それはうれしいことですよね。

野口:自分が目指している方向に進めていることを実感できるのでありがたいですね。

─寛斉さんは独学でご自身の作風やスタイルを築き上げたと思いますが、影響を受けた作家などはいるのでしょうか。

野口:刺激を受けた作家さんはいますが、無意識のうちにでもその方の作風に引っ張られてしまいそうなので、あまり見ないようにしています。
ずっと作り続けている「JOMON」というシリーズは、その名の通り縄文土器からインスパイアされた作品で、新作の「アポロ」はギリシャ神話が着想源で、古代の文化などからテーマを得ることが多いです。

アポロの画像
2024年2月の展示会で発表された「アポロ」。
ギリシャ神話に登場する神様の一人、アポロが跨った馬をモチーフとし、ぐるっと一周するブラックのラインは手綱をイメージしている。

─それらのシリーズはアート志向なので、伊勢丹新宿店の本館5階のお客さまがどう反応するかですね。

野口:本館5階のお客さまのことを考えたら、食器など暮らしの道具のような作品の方が手に取ってもらいやすいとは思います。ですが、いつものギャラリーを飛び出して百貨店で開催するからこそ、お客さまに偶然の出会いのようなものをお届けしたいです。お茶碗を買いに伊勢丹新宿店に来たのに、店頭で目に留まったのはオブジェだったみたいな。

─今回のイベントで寛斉さんの作品を知るという方もいると思いますが、お客さまにはどのように楽しんでもらいたいですか。

野口さんの画像

野口:僕の作品を見てどう思ったか、どう感じたか、お客さまには自由に意見してほしいです。当然ですが賛もあれば否もあるはずで、ネガティブな意見の中にも自分にとっての新しいヒントがあると思っていますし、それが自分の成長にもつながるはずです。
伊勢丹新宿店も包み隠さず、お客さまのすべての声を僕にぶつけてくれたらと思います(笑)。

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