【アニバーサリーコラム/EPOCH vol.30】『EPOCH』発刊から30号!メンズファッションとともに歩んだ10年のヒストリー

最先端のメンズファッションを独自の視点で編集し、発信してきた『EPOCH/エポック』が、発刊から10周年を迎えた。これまでの表紙とともに『EPOCH』が綴ってきたメンズファッションを振り返る。ファッションが持つ力を信じ、『EPOCH』はこれからも新しい時代のファッションマガジンであり続けたい。
メンズファッションの新世界を目の当たりにしたあの日から20年
今年は『EPOCH』の創刊10周年。時代にふさわしい提案を続けてきた同誌の歴代の表紙を眺めると、それぞれのシーズンのトレンドがよみがえり、わくわくした気持ちを思い出す。
記念すべき第一号は、「男の新館」が「メンズ館」として新たなスタートをしてからちょうど10周年を迎えた年。産まれたばかりの『EPOCH』を手に取ると、ここまで歩んできた「メンズ館」の思い出も脳裏に浮かび上がってきた。
あれは2003年9月10日。店内に足を踏み入れた人々は、まさに奇跡を目の当たりにした。たとえば「インターナショナル クリエーターズ」のフロアに行けば、国内外のブランドのアイテムが同じコーナーに掛かっていたりする。そんなやり方はそれまでの百貨店では一度も見たことがない。ウルトラな「編集」に狂喜乱舞しながら、ブルゾンなどを試着しまくる顧客が多かった。地階には世界最上のシューズたちが、夢のような品揃えで光を放っていた。そして、グランドフロアにあったシャツ・タイコーナーには、襟腰高めのドレスシャツがずらりと並ぶ。襟やカフスはもちろん、ステッチのディテールにいたるまで美しかった。
当時はまさに「クラシコイタリア」の流行が爛熟期を迎えた頃。英国式のテーラードをソフトで快適な仕立てにアップデートしたイタリアンテーラードは、着心地良く美しく色気があり袖を通せば誰もが男前を数段上げた。そして胸板の厚い欧米人とは違う細マッチョな日本人に合うパターンも生まれ、それが現在に続く日本のテーラードジャケットのデフォルトにまでなっている。今街で、格好の良くない背広を殆ど見かけなくなったのは、「メンズ館」を始めとするこの頃のメンズファッション業界の功績にほかならない。
では当時モードの方はどうだったかと言えば、こちらも大変な熱さに沸いていた。あのエディ・スリマンが人気の絶頂を迎えていたのだ。ややショート丈のスリムなブラックジャケット、インナーの純白のシャツ、そこに3cmほどしかない極細のタイが縦に走るスタイリングに誰もが痺れた。
そして2005年になると「新しいエリート像」に注目が集まる。それはクラシックなネイビーのジャケットやブレザーの下に、シャツの襟を胸元まで解放し、ボトムスにダメージデニムを合わせるもの。クラシックな中に破天荒な遊び心や自由さ、華やかさが感じられ、かつ誰でも着こなしやすいことから、IT業界や不動産系のCEOが、自分に合うダメージデニムを何本も所有する時代に突入。この傾向は、2008年のリーマンショックまで続く。
そしてこの年、世界は新たな「理想のCEO」像を目の当たりにする。前年誕生したiPhone 3G。日本では2008年に販売が開始され、そのスマートフォンの衝撃と共に人々の心をとらえたのは、スティーブ・ジョブスのいでたちだ。ジャケットやタイをまとわず、シンプルな黒のモックネックニットと<リーバイス>のジーンズという簡素さは、ノームコア(究極の普通)とネーミングされ、じわじわと世間を侵食した。しかし一見シンプルなタートルネックセーターは実は日本発ブランドの特注品。同じ物を百枚以上発注したというが、おそらく単純な外観にひそむ吟味された素材や熟考されたシルエットから、彼の信奉する禅の香りを感じ取っていたに違いない。
そして、いよいよ『EPOCH』が出現する。2014年ヴァージル・アブローがオフ ホワイトを設立したころから「ストリートファッション」がにわかに注目を集める。
ラッパーやスケーターに端を発するスタイルは、やがて「ストリートラグジュアリー」というネクストステージに到達。当時の『EPOCH』の表紙を見てもわかるように、テーラードジャケットにフーディーやトラックパンツを合わせるスタイリングがメンズファッションウイークを席巻した。同時に、もともとの担い手は黒人が多いこともあり、「ストリート」の底にあるダイバーシティ=多様性という概念までが一気に広まった。そこには90年代に端を発した日本のストリートファッションの影響もあった。すなわち有色人種の考えるスタイルがついに世界の主流に君臨したのである。
そして今もファッションは時代とともに、互いを投影しながら進化している。2017年頃さかんにランウェイに登場した「山男」スタイルは、後に過熱するキャンプ人気の予言であったし、2020年頃から男女ともにオフボディの「ゆるいベスト」が流行。これは昔でいえば両性具有、今でいえばジェンダーフルイドな傾向の具現化だろう。最近ではメンズジャケットのウエストをきつめにシェイプしたり、透ける素材を使うやり方もコレクションに多く登場する。これは筋肉を重視し、脱毛も当たり前になってきた「男性が自らのボディと肌への強い関心を示す」時代がファッションに投影されたもの。素材、デザインともに世界を拡張し続けているメンズジュエリーにおいても、そのことはまた然りだ。今後は3Dプリンタで形成されるジャケットや、土に還る下着、リカバリー機能のあるドレスシャツなど、ファッションはさらに劇的に進化し同店の店頭を飾っていくだろうことは、想像に難くない。
世界のありとあらゆる「これから」の情報を、購入できる「商品」に置き換え館内を埋め尽くすイセタンメンズ。そのエッセンスが凝縮された『EPOCH』を、これからも楽しみ、参考にしたい。
Text:CHIYUMI HIOKI, Minimal Inc.