【インタビュー】<スズサン>クリエーティブディレクター村瀬 弘行。便利さを追い求めたその先に、手仕事の価値が再認識される。

【インタビュー】<スズサン>クリエーティブディレクター村瀬 弘行。便利さを追い求めたその先に、手仕事の価値が再認識される。のメインビジュアル
 

長い歴史とともに積み上げられた伝統や文化にリスペクトを表しながら、革新を続けてきた<スズサン>。同じように伝統と革新の歴史を紡いできたラグジュアリーブランドを独自の視点で紹介してきた『EPOCH』。今回、互いの価値観が共感し合い、<スズサン>とのコラボレーション企画が実現した。今までにない新しい角度から伝統工芸の未来を切り開いているのが、<スズサン>のクリエーティブディレクターの村瀬 弘行氏だ。今回、村瀬氏が今目指している「これから」の話を聞いた。

愛知県名古屋市、東海道沿いに佇む小さな街で、江戸時代から400年以上もの間、脈々と受け継がれてきた「有松鳴海絞り」。最盛期に1万人ほどいた職人の数は現在200名程度まで減少しており、その過程で数々の意匠や技術が忘れ去られていった。しかし今、状況は大きく変わりつつある。有松鳴海絞りを家業とする「鈴三商店」の5代目村瀬 弘行氏が、有松鳴海絞りの伝統的な技術と意匠を取り入れたブランド、<スズサン>をドイツの地で立ち上げたのが2008年のこと。それから10数年が経った今、<スズサン>の有松鳴海絞りを、品質にこだわるラグジュアリーブランドの数々がコレクションに採用しており、オリジナルで展開するウェア、ストール、ブランケットや照明カバーなどのアイテムは、ヨーロッパを中心に、世界中の高感度なショップで展開され話題となっている。近年では徐々にではあるが、その活動に触発された若者たちが、有松鳴海絞りの職人を目指して、日本各地から集まって来ているようだ。

 
  • <スズサン>のイメージ画像
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───元々はご家業を継がれるつもりが、まったくなかったそうですが、心変わりのきっかけは何ですか?

村瀬 弘行 (以下村瀬):有松鳴海絞りは物心ついた頃から目の前にあった物なので、改めて興味の対象として捉えることはありませんでした。しかも元からあと何年続けられるかわからないような斜陽産業だったので、父も自分の代で家業をたたむつもりでいたはずです。だから僕は英国とドイツに留学して彫刻やアートを学んでいたんですが、当時のドイツ人のルームメイトがたまたま部屋に置いてあった有松鳴海絞りの布地に興味を示し、彼にその歴史や技法を説明していく中で、改めて有松鳴海絞りの魅力に気づかされました。これまで身近過ぎて当たり前だった物が、国や文化や世代を超えて、新しい存在価値を獲得できる可能性を強く感じました。

───その結果、ドイツでオリジナルブランドの<スズサン>を立ち上げたんですね。実際に有松鳴海絞りのアイテムを制作することは、スムーズに進みましたか?

村瀬:ブランドを始めた1日目から今日まで、毎日いろんな問題に直面し続けています(笑)。ただ、元々鈴三商店は、庄屋から仕事を請負って職人たちに作業を振り分ける、「影師」と呼ばれるプロデューサー役だったので、有松の各家庭に伝わる数百の図柄をすべて把握できており、柔軟に商品を企画できるベースが整っていたことは大きなアドバンテージでした。400年続いてきたということは、400年誰かが買い続けてきたということ。それは「どうすれば買ってくれるのか」という、創意工夫の歴史でもあります。最初は一枚の手拭いだけだったかもしれませんが、日々新しく生まれ変わっていくことで、未来が切り開かれていったはずです。伝統工芸の職人たちは、アイデアマンではありません。だから時代やニーズを見極めて、新鮮な商品をプロデュースできる「影師」のような存在が常に必要なのです。それはスケールを変えて考えると、クリエーティブディレクターと呼ばれる仕事にも似ていると思います。

───とはいえ、いざ伝統工芸の現場で新しいことを始めようとしても、いろいろなハードルが出てくるのではないでしょうか?

村瀬:そうですね。伝統を無視して、その価値が失われてしまっては意味がありませんし、逆に伝統に縛られ過ぎても新しい物は生まれません。僕の場合は、何を作るにしても、最初に対峙しなければならない一番手強い職人が父親です。「こんな物作れるか」とか、「こんな子ども騙しは絞りではない」とか、常にバトルの種は尽きません(笑)。でもやっぱり、長い歴史の中で培われて来た技術がすごいことは当然ですが、個人的には意匠のすごさに圧倒されてしまいます。僕自身、西洋的な価値観に触れて育った世代ですし、海外でアートやデザインも学んで来ましたが、どうやったらこんなアイデアを思いつくのだろうかと、ただただ驚かされています。それは海外のブランドがどう頑張っても真似のできない、日本の伝統工芸ならではの価値と言えます。

───伝統と革新のバランスが重要になりそうですが、村瀬さんの中で、クリエーションをする上で心掛けていることはありますか?

村瀬:人の心を動かす物を作るためには、5つの要素が不可欠だと考えています。職人側に求められるのは、確かな「技術」と、深い「知識」。クリエーティブ側に求められるのは、いろいろな物を見て、感じた「経験」と、独創的な「センス」。この4つが組み合わさればいい物は生まれますが、そこに5つ目の要素である「情熱」が揃って初めて、人の心にストーリーが伝わり、強い共感が生まれます。それはファッションでも、アートでも、音楽でも、料理でも、同じことが言えると思います。日本の伝統文化の数々を世界に打ち出していくためには、この5つの要素をバランスよく揃えることができる「影師」の存在が、必要不可欠だと思っています。

<スズサン>のイメージ画像
 

───先進技術の発展や社会的な情勢の影響を受け、人々のもの選びの価値基準は急速に変化しています。村瀬さんは近年の状況をどのように捉えていますか?

村瀬:昨年、サンフランシスコでイベントを開催したのですが、そこに集まったお客さまは、世界の先進技術をリードする大企業のエリートたちで、一晩で驚くほどの売り上げとなりました。人々が考えなくてもAIが計算をして、人々が手を動かさなくても3Dプリンターが物を作ってくれる時代にあり、しかも情報化社会の発展によって、世界中の価値観が画一化されていくような状況下で、効率性や画一化とは対極にある、非効率で不均等で、どこまでも人間臭い手仕事の価値が、飛躍的に上がっていることを感じました。先進技術を追い求めていく文脈の中では、絶対に到達できない領域にこそ、新しいラグジュアリーの価値観があると思います。

 
<スズサン>モデルさんの画像
 

───今回、中国 上海のブランド<Ziggy Chen>とのコラボレーションによる、エクスクルーシブなカプセルコレクションを発表されましたが、このプロジェクトはどのような経緯で始まりましたか?

村瀬:コロナの影響で、ドイツと日本の間の行き来はもちろんのこと、国内でもまったく移動ができなくなってしまった時に、クリエーションによって物理的な距離を超え、人とのつながりを持つことができないかと考えました。<スズサン>はそうやって、国や文化や世代の垣根を超えて、すべてを繋ぐブリッジのような役割を担うブランドであるべきだと考えています。そこでまず頭に浮かんだのが、<Ziggy Chen>でした。パリの「レクレルール」でブランドのことを知ってから、お互い西洋にはない自国の価値観を打ち出すブランドとして、共感できる部分が多い印象でした。とは言えまったく繋がりがなかったので、インスタグラムでデザイナーを見つけて、「今こういうことを考えていて、一緒に何かを形にしたい」という内容をDMで送ったら、「<スズサン>のことはもちろん知っているし、以前有松にも行って、あなたのお父さんとお話ししましたよ」って返事が来たんです(笑)。最先端のテクノロジーによって、僕たち個人がリーチできる世界は飛躍的に広がったのと同時に、実際の世界はものすごく小さくなっているような感覚でした。同じ価値観を持っている人たちは、どんなに離れたところにいたとしても、実はお隣さんぐらいの距離感になっていて、何をしていても必然的に出会ってしまう。しかもそういう人たちとは、多くを語り合わなくても理解しあえるし、同じ方向を目指すことができます。これからは、そうやって共感し合える人たちが自然と手を取り合って、小さなコミュニティの中で物事を進めていく時代になっていくのではないでしょうか。

<スズサン>素材の画像

───今年から、<スズサン>の取り組みが中学校の教科書にとりあげられているそうですね。有松鳴海絞りのことを、全国の子どもたちが知ることについてどう思いますか?

村瀬:ただただ素直に嬉しいです。欧米文化への憧れが強かった僕たちの親の世代では、日本の伝統文化はただ古い物として捉えられているように見えますが、生まれたころからある程度欧米文化に慣れ親しんでいる僕ら以降の世代では、日本独自の文化を単純にかっこいい物として捉えている人たちが増えています。デュッセルドルフと有松にある<スズサン>のお店には、10代や20代の若者も足繁く通ってくれています。日本にはまだまだ、世界に誇れる、世界中の人々が羨む宝物がたくさんある。僕らが取り組んでいる伝統文化には、無限の未来がある。次の世代を担う子どもたちに、そんなメッセージを届けていきたいです。元々<スズサン>も、日本の伝統文化が抱えている課題の解決を目指して立ち上げたブランドです。だから僕のクリエーションがどうとか、世界的に認められたいというような気持ちはまったくなくて、今手元にある素晴らしい物を次の世代に手渡していきたいという、シンプルな思いがあるだけなんです。

それは、<スズサン>が村瀬だけのものではなく、400年の歴史を背負い、今後も未来へと脈々と受け継いでいく、家族の、そして故郷のストーリーだから。すべては、伝統文化の持続と循環のために。その実現を目指して村瀬は今、ドイツを拠点に世界と繋がり、若い世代へと希望の種をつないでいる。

 
村瀬 弘行さんの画像
村瀬 弘行 (むらせ ひろゆき)
<スズサン>クリエーティブディレクター
1982年、名古屋市生まれ。
2003年に渡欧、サリー美術大学(英)を経て、ドイツのデュッセルドルフ国立芸術アカデミー立体芸術及び建築学科卒。在学中の2008年にsuzusan e.K. (現Suzusan GmbH & Co. KG)を設立。
デュッセルドルフと有松を拠点にオリジナルブランド<スズサン>をスタートし、ファッションとインテリアにおけるデザインのディレクションを手がける。
 
 

~“BEYOND”をテーマに、ものづくりや、多面性を持った背景と共に、スペシャルアイテムをご紹介する<suzusan>POP UPを開催~

  • <スズサン>モデルさんの画像

 

<スズサン>
ジャケット 189,200円
[伊勢丹新宿店限定商品]
シャツ 50,600円
ストール 74,800円
パンツ 58,300円
※シューズは参考商品
□ 伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズ

 

 
  • <スズサン>ジャケットの商品画像

     

    <スズサン>
    ジャケット 96,800円
    □ 伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズ
  • <スズサン>ストールの商品画像

     

    <スズサン>
    ストール 52,800円
    □ 伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズ
 
  • <スズサン>ガウンの商品画像

     

    <スズサン>
    ガウン 74,800円
    □ 伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズ
  • <スズサン>タートルネックセーターの商品画像

     

    <スズサン>
    タートルネックセーター 82,500円
    □ 伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズ
 

※9月22日(水)午前10時より<スズサン>のメンズアイテムの一部商品は、三越伊勢丹オンラインストアでもお買いあげいただけます。

 

<suzusan> POP UP STORE

ドイツ デュッセルドルフで生まれた<スズサン>は、名古屋市有松に400年以上伝わる伝統技術・有松鳴海絞りの繊細な日本の手仕事を活かし、現在23カ国以上で展開。伊勢丹新宿店では、<スズサン>のものづくり、多面性を持った背景を本館・メンズ館の2箇所を通じて“BEYOND”をテーマに発信します。
本館1階では、着物家伊藤 仁美氏とのコラボレーションによる結城紬手織りストールの展開や、<スズサン>の人気アイテムであるカシミヤニットショートケープの受注会も行います。メンズ館2階では今回特別に、上海出身のメンズデザイナー ジギー・チェン氏との初コラボレーションによるカプセルコレクションをご紹介。
パリ、東京、上海と3都市を繋ぎ世界3店舗のみで展開され、日本では伊勢丹新宿店限定でご紹介いたします。
<Ziggy Chen>が過去のコレクションで使用していた4種類の生地を、パッチワークで繋ぎ合わせアップサイクルされたジャケットに、<スズサン>のシグネチャーパターンであるまだら絞りを施しBlackとBrownの2色で染め上げています。日本に古来より伝わる絞り染めの技術を継承する<スズサン>と、東洋と西洋の衣服と文化を<Ziggy Chen>ならではの解釈で現代的に表現したスペシャルアイテムをご紹介します。

■2021年9月15日(水)~9月28日(火)
■伊勢丹新宿店 本館1階 イセタンリーフ
■2021年9月22日(水)~10月5日(火)
■伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズ
※9月24日(金)は、伊勢丹新宿店は休業いたします。
※諸般の事情により予告なく変更・中止させていただく場合がございます。予めご了承ください。
※営業時間のお知らせはこちらをご覧ください。

 
  • <suzusan> のペンダントランプとフロアランプの画像

※撮影で使用された<スズサン> のペンダントランプ及び、フロアランプの一部商品は、10月12日(火)午前10時まで三越伊勢丹オンラインストアでもお買いあげいただけます。

 

Photograph:MINORU KABURAGI
Text:Minimal Inc.

 

ファッションマガジン『EPOCH』の公式インスタグラム(@isetanmens_epoch)では、
伊勢丹新宿店 メンズ館3階・4階ラグジュアリーメゾンの最旬ファッションやイベント情報をお届けいたします。