
私たちが使い続けているもの、ずっと好きなもの、欠かせないものには必ず理由がある。それはファッションの世界で働く者も同じことだ。
三越伊勢丹バイヤーの”私的”定番物語──第一回は、入社15年目、伊勢丹新宿店メンズ館地下1階=紳士靴バイヤーの田畑智康。彼が社会人生活のターニングポイントで出合った靴たちとは?
バイヤーが現場を一緒に歩いてきた革靴たち
──「バイヤーの“私的“定番物語」、第一回目は田畑バイヤーです。
今年で入社15年、紳士靴に携わって14年目を迎えました。ほぼほぼ靴と共に歩んできた社会人生活ですので、これまで道筋を”棚卸し”させてもらえるいい機会になったと思います。
改めて選んだ靴を見てみると、「履歴書」のようですね。仕事の日誌代わり、写真代わりに近い感覚があります。15年間、いろんな靴を履いてきましたが、革靴が馴染んだときの”コンフォートさ”は、本当に究極の履き心地とも感じています。
いずれの靴も私の仕事に欠かせないものですが、それぞれに現場の思い出が詰まっていて、「本当に苦楽をともにしてきたな」と思える靴たちですね。
入社2年目、「ブランドへの憧れ」で買った思い出の一足
〈エドワードグリーン〉「チェルシー」185,900円 商品を見る
*画像は本人私物
□伊勢丹新宿店メンズ館地下1階=紳士靴
──まずは、〈エドワード グリーン〉ですね。
私が入社した2006年当時は、男の新館からメンズ館としてオープンして3年目の年でした。どの売場にも今とは違った活気と勢いがありましたが、その当時のメンズ館の象徴でもあった紳士靴売場に配属された私は、正直やっていけるのか不安で、配属前日も緊張で眠れなかったのを憶えています(笑)。
こちらは販売スタッフとして売場に立っていた入社2年目に購入した〈EDWARD GREEN/エドワードグリーン〉の「CHELSEA(チェルシー)」です。せっかく買うなら一生モノとして長く履ける靴を選びたいという想いと、やはり"王道"への憧れですかね。今でも大事なときには必ず履く、何にも代えがたい一足となっています。
──身を引き締める愛靴ってことですね?
皆さんもそうだと思いますが、プレゼンや大事な商談の日、何を着て、何を履いていくのかが決まっていると、気持ちが安定しますよね。私もこの「チェルシー」を履くと、自然とスイッチが入って、自信が込み上げてきて、現場でも気持ちが落ち着くような気がします。
特に、「チェルシー」はヒールが少しだけ高めに設定されていて、履くと腰の位置がグッと上がるのと、やや細身の木型が故、ベルトの穴をいつもより一つ締めるような、身も心も引き締まった履き心地に感じるんですよね。緊張感がある靴なので、何気ない日に履くと疲れてしまうこともしばしばあるんです(笑)。
──なるほど。「チェルシー」と対等に渡り合える日に履くわけですね。
高級紳士靴の魅力は、これまでにも何度かお話しする機会をいただいてきましたが、素材や技術、一足に掛ける手間と時間はもちろん、年月が経てば経つほどに変化する履き味や纏う雰囲気なども魅力ですよね。
この「チェルシー」を履いて海外出張にも何度も足を運んでいますが、石畳の上でも、それを感じさせない柔らかい感触で、13年を掛けて、今一番履きやすい靴になっています。
働き方やライフスタイルの変化に合わせて選ぶ靴も様変わり
──次は〈パラブーツ〉ですね。それにしてもかなり履き込んでいますね。
〈パラブーツ〉「シャンボード」88,000円 商品を見る
*画像は本人私物
□伊勢丹新宿店メンズ館地下1階=紳士靴
入社3年目ぐらいになると、紳士靴の催事担当になるんです。催物場で展示用の什器を押したり、重いコンテナを運んだり、会場を歩き回ったり、とにかく"全天候型で、運動靴より働く靴"が必要になってきます。そこで私が一日履いても身体が疲れないと思って選んだのがこの〈Paraboot/パラブーツ〉です。
歩きやすいのは大前提として、スーツからカジュアルな着こなしまでどんなスタイルにも合わせやすい靴ですが、これを履くと今でも「さぁ、働くぞ!」と気合いが入りますね。若手時代の足元を支えてくれましたが、とにかく丈夫なので、今でも雨の日などつい手に取ってしまいますね。履いた日数と時間を考えると、人生で一番履き込んだ靴がこの〈パラブーツ〉かもしれません。
──こちらの<リーガル>には、忘れられないエピソードがあるんだとか。
全国各地の地域店を担当していたとき、〈リーガル〉の企画でアーカイブ展示をするイベントを行ったんです。ある日、来店された女性のお客さまが泣きながら、一足の靴を見ていたんです。私からお声掛けしお話を伺うと、「先月亡くなった主人がずっと大事にしていた靴がここにあったので、思わず泣いてしまいましたと……。その話を聞いて、靴には一足一足に物語があることを改めて感じました。
〈リーガル〉シューズ
*現在、上記商品のお取り扱いはございません
*画像は本人私物
この靴は、かれこれ8年ほど履いていますが、国内製造が多く、木型が日本人にフィットしているのと、革、製法、ライニングまでインポートと遜色がないスペック、そして丁寧な技術力は、実際に履いていて本当に”誠実な靴”だと思っています。〈リーガル〉には普遍的な価値の大切さを教わりましたし、定番の変わらない魅力は、伝え方を工夫するだけで新たな反応が生まれることも教わった気がします。
──ここ最近は、ローファーに目が行くようになったんですね。
〈ジェイエムウエストン〉「180」
*画像は本人私物
"靴は仕事という戦闘のためのもの"と、思っていたので、ずっと紐靴にこだわってきましたが、2年前に売場責任者として店頭に立っていたとき、働き方とライフスタイルが変わってきたことから、一足も持っていなかったローファーを初めて購入しました。
〈エドワード グリーン〉の「チェルシー」と同様に、長く履けて、どんなスタイルにも合う定番ということで、選んだのは、今日も履いている〈ジェイエムウエストン〉の「180」。オンビジネスのセットアップやパフォーマンススーツにはもちろん、革靴が履きたい休日にもガシガシ履いていますが、踵の成型がしっかりしているので、崩れることなくきれいな形を保っています。本当に汎用性が高いので重宝していて、この一年で一番履いた靴ですね。
──最近、<ジョンロブ>のローファーも購入したようで。〈ジェイエムウエストン〉との違いは?
〈ジョンロブ〉の「ロペス」は今年2月に買ったばかりのものです。ローファーがしっくりきて、「もう一足」と思ったときに、30代後半にさしかかり、食事会などに自信を持って履いていける靴としてドレスライクで洗練されたロペスに惹かれました。
〈ジョンロブ〉「ロペス」
*画像は本人私物
履いていて、心地良い緊張感もありますし、足に馴染んでくるのを楽しんでいます。剥がれやすいつま先にヴィンテージスチールを貼り、滑り止めのラバーを貼っているのは、どこかに自分らしさを一滴!という想いから。私なりに仕上げているので、歩きやすくて満足しています。
田畑 智康
たばた もとやす●伊勢丹新宿店メンズ館地下1階=紳士靴バイヤー。入社15年目で、うち14年間で紳士靴を担当。地域店やプライベートブランドのバイヤー、セールスマネージャーを経て現職。お客さまもスタイリストも心から楽しめるお買場をつくることが今の目標。座右の銘は「我が人生、後悔先に立たず」。今を精一杯楽しみ、生きる事がモットー。
*価格はすべて、税込です。
*本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。商品の情報は予告なく改定、変更させていただく場合がございます。