2023.3.10 UP
初代・久保田久次郎が鎌倉に和菓子店を創業したのは明治27年(1894年)のこと。当時、武家屋敷が多かった彼の地では古瓦がたくさん出土したことから、<鎌倉 豊島屋>はその古瓦をかたどった瓦せんべいを作り、人気を博していた。その一方で、初代は独自の路線も切り開いた。それが今も老若男女に愛されている銘菓「鳩サブレー」だ。
本店は、以前より鎌倉・鶴岡八幡宮へと続く若宮大路沿いにある。
「鳩サブレー」が誕生したきっかけは、店を始めて間もない明治30年頃に外国人から渡された、握りこぶし大の焼菓子。それを口にした初代はおいしさのポイントがバターであることに気づいた。だが、バターはハイカラで、容易に手に入る代物ではなかった。そこで、初代は横浜の異人館まで出向いて、なんとか調達。試作に試作を重ねた末に、納得のいくレシピを完成させたという。
昭和16年頃まで使われていた缶。
ところで、なぜ「鳩」がモチーフになったのだろうか。四代目社長の久保田陽彦さんに訊くと、次のように教えてくれた。
「初代が鶴岡八幡宮を崇敬していたからです。本宮楼門の掲額に刻まれた『八』の字は鳩の抱き合わせになっているし、境内には鳩がたくさんいて、人々に親しまれている。それで、八幡様にちなんだお菓子を作るなら、鳩の形を取り入れたいと考えたのです」
「鳩サブレー」の抜き型。デザインは初代店主が作ったもののまま変わらない。
欧州帰りの友人に試作品を食べさせたところ、「サブレーというお菓子のようだ」と言われて、初めて「サブレー」という言葉を知った初代。どことなく人名の三郎(サブロー)と語呂が似ていることから親しみを覚え、商品名を「鳩サブレー」とした。
鳩サブレー(16枚入)2,160円 バターをイメージした黄色い缶入り。
それから120年以上の月日が流れ、「鳩サブレー」は全国的な知名度を獲得。今や鎌倉の語り部として欠かせない存在になったが、四代目曰く「これが完成品ではない」。「原材料は変わり続けている。初代が生み出したレシピは守りながらも、より多くの人に喜ばれるもっとおいしい鳩サブレーを追求していきたい」と意気込みを語ってくれた。
さて、そんな四代目は、先代らに引けを取らないアイデアマンである。
豊島屋四代目社長、久保田陽彦さん。鎌倉商工会議所 会頭、全国銘産菓子 工業協同組合 理事長も務める。
2002年4月からは自ら発案し、「鳩サブレー」そっくりのグッズや、鳩をモチーフにしたグッズを、「鳩これくしょん」として本店にて限定販売。ユーモアに溢れたネーミングセンスも相まって、インターネットやSNSで話題をさらっている。
そのひとつが、机の上の細かいゴミを取る手の平サイズの「hatoson 810」。キャッチフレーズは“集塵力の変わらない、ただ一つの手動式クリーナー”。
「hatoson 810」。足の裏にゴミを取るブラシが付いている
また、前述のエピソードからのシャレで「鳩三郎」と名付けられた根付もある。
写真の右下がその根付。ほかにも付箋やクリップなど、遊び心のある小物がたくさん。
こうしたアイテムを作ることについて、四代目は言う。
「鳩サブレーのファンをよりコアなファンにしたい。お客さまをお得意さまに、お得意さまをご贔屓さまにしたい。鳩グッズはそのためのツール。本店でしか売らないのは鎌倉にお越しいただきたいからです」
<鎌倉 豊島屋>の鎌倉に対する愛は、言うまでもなく「鳩サブレー」以外のお菓子にも見て取れる。
小鳩豆楽(赤缶)(白缶)(4包入)各648円
「小鳩豆楽」は、豆粉に和三盆などを配して打ち上げた、やさしい味わいのらくがん。そのモチーフは、「鳩サブレー」と同じく鶴岡八幡宮のシンボル「鳩」。ころんとしたフォルムは思わず心を掴まれる愛らしさで、いただくのがためらわれるほど。口に入れると徐々に溶け出してやさしい甘みがじんわりと広がり、心がほぐれる。
きざはし(4包入) 756円
和三盆を配した餅粉にこがしきな粉の風味を加えた「きざはし」。鎌倉の古寺をめぐると、長い年月をかけて風雪に刻まれ、多くの人の足や重みですり減った鎌倉石の石段に歴史の古さの陰影をより濃く感じさせられることがあるが、このお菓子にはまさにその姿が託されている。素朴な佇まいも実に鎌倉らしい。
鳩サブレー 伊勢丹新宿店限定缶(25枚入) 3,456円
ひときわユニークなのは、伊勢丹新宿店限定で販売されているこの「鳩サブレー」だ。ご覧の通り伊勢丹新宿店で買物する“鳩人”が描かれているのだが、実はこの中に8羽の隠し鳩が存在している。缶を前にしてその事実に気付き、すべてを探し当てたときの喜びは格別だ。記憶にも刻まれることだろう。<鎌倉 豊島屋>の鎌倉愛がもたらすわくわく感、ぜひ味わっていただきたい。贈り物にするのもおすすめだ。
Text : Mio Amari
Photo : Hiromi Kurokawa, Yuya Wada