2023.3.10 UP
粋と優雅がそこはかとなく漂う街、銀座。その銀座を体現するのが資生堂である。時は明治の初め、銀座がレンガ造りの街並みに変貌をとげようとする頃、西洋医学を学んだ福原有信氏が、日本で初めての西洋調剤薬局を目指して「資生堂薬局」を創業したのが1872年。やがて化粧品を主軸に据え、新時代の女性たちにふさわしい新しい美の発信地となっていった。
1928年開業当時の案内状。左が西洋料理を提供する「資生堂アイスクリームパーラー」、右が化粧品の販売店。
福原有信氏の目指すものは、常に“本物”であること。表面的に西洋を装うのではなく、美の本質を見抜き、その魅力をいかに伝えるかを工夫した。1900年に開催されたパリ万博視察の帰途、立ち寄った米国のドラッグストアの奥で、ソーダ水や軽食を提供するカウンターが人々の憩いの場となっていることを目にし、銀座の資生堂薬局内に“ソーダファウンテン”を設けることを決意。ソーダ水の製造機からシロップ、グラス、スプーン、ストローに至るまで米国から輸入し、本場の雰囲気を完璧に再現した。これがのちの<資生堂パーラー>の始まりである。1902年のことであった。
優雅な「資生堂アイスクリームパーラー」には、時代の先端を行く華やかに装った女性客が多かった
関東大震災を経て、1928年には「資生堂アイスクリームパーラー」と店名を変え、本格的な西洋料理店へと生まれ変わった。銀器もふんだんに使った、美しく、洗練された西洋料理を楽しめるとあって、人々も華やかに装って“特別なひととき”を過ごすべく憧れの店を訪れたという。そして、とりわけ人気の高かったアイスクリームは持ち帰りを希望する人も多く、そのために特別な保冷ポットを用意するなど、微細に至るこだわりがまた、独自の美学を感じさせるのだった。
資生堂のシンボルである花椿マークが生まれたのは1915年。椿は当時の社長、福原信三氏が好んだ花で、自らスケッチした絵をデザイナーに渡して作成させたという。その後、代々のデザイナーたちによって少しずつ変化を遂げたが、優美な曲線を描きながら一輪が上を向き、もう一輪が頭を垂らした姿は受け継がれて今に至る。ちなみにこの二つの花は、上向きが「向上心」を、お辞儀している方は「感謝の心」を表すと伝えられているという。
花椿ビスケット24枚入(青缶)1,998円
この歴史ある花椿マークをまとったお菓子が「花椿ビスケット」、まさに資生堂パーラーの看板ともいえるお菓子だ。誕生は1932年頃、資生堂アイスクリームパーラーが開業して程なくして生まれたビスケットは、今も変わらぬ愛らしい姿と、どこか懐かしい味わいが魅力だ。粉と卵の優しい香りは「まるでお母さん手作りのおやつのよう」と言われることもあるという。奇を衒わず、時代によって素材が変わったとしても、味わいを守り続けてきたビスケットは、いつ味わっても自然と笑顔にしてくれる。
©資生堂パーラー
型抜きと同時に花椿マークを刻印、ツヤ出しの卵黄を吹き付けて焼き上げる。
かつては四角い缶入り。今のような八角形缶になったのは1990年。不定期で期間限定の特別カラー展開も行なっており、<資生堂パーラー>創業120周年の2022年は新橋色と呼ばれる青いソーダカラーをテーマにした。
「美しく、おいしい」ことを大事にする<資生堂パーラー>にとって、パッケージも重要なメッセージだ。1990年に大幅なリニューアルを行い、資生堂企業文化誌「花椿」のアートディレクターを務めていた仲條正義氏によって、一般的に食品にはふさわしくないと考えられていたブルーを使った斬新なデザインを採用。「パーラーブルー」と呼ばれ、大きな話題となった。資生堂パーラーのお菓子が、味わいだけでなく、視覚的にも特別感をもたらしてくれる存在だということを語りかけてくる大胆なデザインである。
1990年にパッケージデザインを刷新。食品のパッケージとしては異例のブルーを採用したデザインは話題を呼んだ。
さらに2015年、同じ仲條氏によって再びパッケージが刷新された。テーマは「銀座アヴァンギャルド」。古典柄でありながら、若々しく力強いストライプを用いたデザインは、着物の縞模様をイメージさせると同時に新しさをも感じさせる。中身のお菓子も素材の質をさらに高め、オーソドックスな中に現代的な味覚を忍ばせる工夫を凝らした。密やかな改良を重ねることで、“変わらない味”を届ける。それが資生堂パーラーの揺るぎない本質である。
チーズケーキ(3個)999円
※2023年4月1日より、1,080円に価格改定予定
1978年に誕生した「チーズケーキ」は、日持ちがする上に生ケーキの味わいが楽しめる画期的なお菓子だった。発売当初から地道に店頭販売を続け、そのおいしさがじわじわと話題となり、今では花椿ビスケットに次ぐ<資生堂パーラー>のロングセラーである。北海道産の小麦を使ったビスキュイ生地でデンマーク産のクリームチーズを包み、焼き上げている。「チーズよりチーズらしい」が合言葉で、濃厚なチーズのコクと風味は一度食べたら忘れられない。個包装の食べやすさもまた人気の秘密である。
ラ・ガナシュ(18個入)1,836円
ハートを射抜いたようなパッケージが印象的な「ラ・ガナシュ」。ココアクランチを加えたチョコレートを、ベルギー産のチョコレートでコーティングし、さらにココアクランチをまぶした3層構造。ひとくちでサクサク感と馥郁たるカカオの香りをたっぷり楽しめる満足度の高いお菓子。ノワールとホワイトチョコレートを使ったブランの2種類が詰め合わせになっており、いずれも贅沢な風味を手軽に味わえるところが魅力。
(右)ショートケーキ(1個)731円 (左)チーズケーキ(1個)594円
上質な素材を惜しみなく使ったオーセンティックな生ケーキも人気。いちごと口どけのよい生クリームたっぷりのショートケーキは、生地とクリームに本和香糖(ほんわかとう=沖縄産の良質なサトウキビから作られる国産の砂糖で、さっぱりとした甘味とコクが特長)を使用。<資生堂パーラー>伝統のベイクドチーズケーキは、クリーミーで濃厚なのにあと味はすっきり。定期的に食べたくなる魅惑的なケーキだ。
Text : Manami Ikeda
Photo : Yuya Wada