2024.9.13 UP
古くから肥沃な穀倉地帯として知られた近江。現在の近江八幡のあたりは、かつて八幡堀を商船が行き交い、武士や商人の文化も栄えたことで知られる。<たねや>は、この地で江戸時代から穀物や根菜などの種子を売っていた。1872年(明治5年)になると、<たねや>の名で和菓子舗を創業。以来、四季折々の自然の恵みを大切にした、温もりを感じる和菓子を作り続けている。
1872年、初代の山本久吉氏が近江八幡に「種家末廣(たねやすえひろ)」の屋号で和菓子舗を創業。
2015年、緑あふれる敷地にオープンした<ラ・コリーナ近江八幡>。<たねや>とその洋菓子部門である<クラブハリエ>のショップや飲食店のほか、菓子づくりの技を見学できるツアーなどを実施している。
たねや伊勢丹新宿店の店頭。深い色味の栗材と銅板を組み合わせた独特の内装が印象的だ。
1970年代ごろから各地の百貨店へ出店を開始。東京のデパ地下でもすっかりおなじみの存在となった<たねや>の名物といえば、素材の美味しさが際立つ「どらやき」だ。通年菓子の「どらやき」には、北海道の契約農家から仕入れた小豆と、さっぱりした甘さの中に豆の風味が感じられる白小豆の粒餡を使用した、2種類の味がある。何度も選別を重ねた小豆を職人が瑞々しく炊き上げ、銅板でふっくらと焼いた生地で挟んだ「どらやき」は、シンプルゆえに素材の質と生地の仕上がりが味を大きく左右する。
生地はすべて滋賀の工場で製造。熱伝導の良い銅板を使用することで、ふっくら色よく焼き上がる。
粒餡は小豆を潰さないよう、餡炊きに精通した職人が火加減を微調整しながら丁寧に炊いている。
近江八幡にあるフラッグシップ店<ラ・コリーナ近江八幡>では、職人が店頭の工房で仕上げる作りたての「生どらやき」を提供している。<たねや>伊勢丹新宿店は東日本の店舗で唯一の店頭工房を併設している店舗で、ここで味わえる限定商品が「たねや生福どらやき」だ。注文が入ると、生地に粒餡とお餅が乗せられ、仕上げにたっぷりの生クリームが絞られる。粒揃いの北海道小豆と、滋賀羽二重糯を使用した風味豊かで、舌触りなめらかなお餅の相性はいわずもがな。ここに生クリームの乳の香りが自然と調和して、ふんわりととろけるような食感を楽しませてくれる。
大きめの餅をふたつ乗せるので、ボリューム感がある。伸びがよく、餡や生クリームによく馴染む。
生クリームは当日に店頭で手作り。甘さ控えめなので小豆の旨みがよく引き立つ。
店頭工房では、滋賀の工場で長年経験を積んだ和菓子職人が腕をふるう。
たねや生福どらやき(1個)432円
注文を受けてから店舗内工房で仕上げる、伊勢丹新宿店限定の味。時期によって、栗餡などを使用した季節限定品も販売している。
「たねや生福どらやき」は出来立てを味わっていただきたい商品であるため、残念ながら持ち帰りには適さない。しかしこれに近い味をお土産として楽しめるのが、同じく伊勢丹新宿店限定の「たねや福どらやき」だ。一見プレーンなどらやきに見えるが、中には粒餡のほかに滋賀羽二重糯のお餅が入っており、弾力のあるふわっとした食感がたまらない。
たねや福どらやき(1個)260円【伊勢丹新宿店限定】
テイクアウトやお土産にはこちら。粒餡に乗せた滋賀羽二重糯のコシのあるお餅が、弾むような食感を演出する。
<たねや>では、和菓子の命ともいえる餡を滋賀県東部にある製餡工房で一括して製造している。北海道産の選び抜いた小豆と、鈴鹿山系の伏流水によって生まれる「たねやのあんこ」は、大量生産せず小分けにして丁寧に炊き上げているのがこだわり。使用する菓子の種類や、季節によってもベストな味になるよう職人がさまざまな工夫を凝らしている。
本生羊羹(1個)378円
独自の“本生製法”で、小豆本来の繊細な風味と、さらりとしたなめらかな口当たりを表現。その時季に最も美味しくなるように仕上げているこだわりの羊羹。
また、今回の取材にあたっては興味深いものも見せていただいた。入社時に社員全員に1冊ずつ配布されるという、<たねや>に受け継がれるもの作りや商いの姿勢、おもてなしの心といったものを記した冊子だ。その昔、近江商人たちは「商道は人道である」という心得のもと、自らの人間性を磨きながら長い行商生活を営んだという。
そんな彼らが大切にしてきた道具といえば、商売道具の天秤棒。<たねや>には、この天秤棒から名を取った代表銘菓がある。北海道小豆を使用した求肥入りの餡を、食べる直前に近江の糯米で作った最中種で挟む手作り最中「ふくみ天平」だ。焼きたての最中種で瑞々しい餡を挟んで食べるという、和菓子職人だけが知っていた美味しさをお菓子にしてみようと、1983年に誕生した。
同社で代々受け継がれている、「たねやの心」を記した冊子「末廣正統苑(すえひろしょうとうえん)」。一冊ごとにシリアルナンバーが入っている特別なものだ。
初伝 手づくり最中 ふくみ天平®︎(1個)216円
ふくよかな求肥入りの餡と最中種を個別に包装。食べる直前に挟むことで、ぱりぱりとした最中の食感を楽しめる。上品に食べられる細長い形もポイント。
栗饅頭・斗升最中 詰め合わせ(各5個、計10個入)2,376円
創業時から作り続ける「栗饅頭」は栗を刻みいれた白餡を包んでいる。戦後の物不足の時代も地元の人々に愛されていたという。“ますます”の言葉に幸せを願う思いを込めた「斗升最中」は、枡形の最中種に甘さ控えめの粒餡と爽やかな香りの柚子餡を挟んだ、ふたつの味を楽しめる最中。
ひとつひとつの和菓子に、故郷や自然の恵みへの感謝と、人を想う心を表現している<たねや>の商品。その背景にあるストーリーを想像しつつ、ゆっくりと味わいたい。
Text : Mako Kobori
Photo : Yuko Moriyama , Yuya Wada