2023.9.15 UP
東京の下町・亀戸では、その昔大根の栽培が盛んだった。元は小さな島々から形成されていたこの地域は、周囲を荒川水系の大きな河川に囲まれ、あさりやハマグリ、青柳といった貝類が面白いほどよく採れたという。肥沃な粘土質の土は大根作りに適しており、小ぶりながらも歯応えのいい江戸野菜「亀戸大根」が、あちこちの畑で栽培されていた。
東京旅のお供にも親しまれる<亀戸升本>の弁当「すみだ川あさり飯」は、そんな土地の歴史から生まれたベストセラーだ。1905年にこの地で酒店として創業した<亀戸升本>は、戦後に割烹料理店として再スタートを切り、1970年に江戸野菜「亀戸大根」を復活させた。特に名物料理の「亀戸大根あさり鍋」といったら、当地でしか楽しめない下町グルメのひとつ。そんな割烹料理店の丁寧な和食をより広く楽しんでもらおうと、2001年より弁当事業をスタートして今に至る。
弁当の出荷は1日2回、毎日4000食前後を製造している。工場は24時間体制で稼働しており、大鍋からは常に湯気が上がっている。
おからを混ぜてふんわりした食感に仕上げる鶏つくねは、粒が大きいと評判。料理人が手の平の感触を頼りにひとつひとつ成形していく。
特筆すべきは、おかず一品ごとにひとりの料理人が腕をふるう、手間暇をかけた製造体制だろう。旬の味わいを大切に、選び抜いた素材を活かし、出来合いの惣菜は使用しないのがポリシー。特に手間も時間も要する関東風の玉子焼きは専門店に外注する弁当屋も多いものだが、ここでは熟練の料理人が毎日焼き上げている。ほかにも、蒲鉾やちょっとした甘味に至るまで材料から調理。厨房にはいつも人が多く、活気がある。
正方形の焼き器で手作りする関東風の甘い玉子焼き。1枚につき卵14個を使用し、できあがりは1kgの重さに。形を整えたら冷蔵庫でしっかり冷ます。
白身魚の弾力ある食感がたまらないオリジナルの蒲鉾「亀戸揚げ」も、イチから手作りした自家製を使用。
さらに、食材が傷みやすい夏季は味付けを全体的に濃くしてバランスを取るなど、昔ながらの調理の工夫もふんだんに取り入れている。特に大粒のぷっくりしたあさりを使用した炊き込みご飯は、夏季にはさっぱりと食べられる生姜飯を使用するなど、季節によって最適な味わいにチューニング。こういった柔軟な対応ができるのも、料理人の技が生きた手作り弁当の強みといえるだろう。
弁当の盛り付けの仕上げは、飯の上にのせる大根のたまり漬け。亀戸大根は冬から春先が旬となるので、夏や秋には主に江戸大根を使用する。
「すみだ川あさり飯」の蓋に添える包装紙には亀甲柄が描かれているが、そのうちのひとつだけ「亀」の形をした柄が紛れている。こんなところに、江戸っ子の粋と遊び心が感じられる。
すみだ川あさり飯(1折)1,398円
鰈香味焼き、鴨ロース、牛八幡巻、帆立煮など、具材はどれも大きく味がしっかり立っている。飯は通常は「あさりの炊き込みご飯」が入っているが、6〜8月の夏季のみ、香り高い生姜飯の上に大粒のあさりが乗った「あさり生姜飯」を使用。写真は夏季の仕様。
ところで<亀戸升本>の弁当には、「亀辛麹」なる独自の辛味調味料が添えられているのをご存知だろうか。白飯や揚げ物にちょっとかけたり、玉子焼きにのせてもおいしくいただけるこの調味料の起源は、創業者一族の家族が昔から手作りしていた家庭の味にあるという。原料は米麹と青唐辛子、有機醤油のみ。割烹料理店の「亀戸大根あさり鍋」にももれなく添えられる、<亀戸升本>ならではの味わいだ。
亀辛麹(100g)680円
米麹と青唐辛子、有機醤油を長期熟成させたオリジナルの辛味調味料。ごはんや鍋物、揚げ物の“味変”に重宝する。
地産地消、旬の味覚を大切にし、選び抜いた素材を活かす「和正食」という考えのもと、2006年ごろからは肉・魚・玉子・乳・白砂糖を使わないマクロビオティックにもいち早く取り組み始めた。スタートのきっかけは、とある温泉観光地の旅館からリクエストされた玄米菜食メニューの提案だったという。手作りの丁寧な和食にこだわってきた<亀戸升本>だからこそ作れる、料理人の創意工夫を凝らした華やかなマクロビ弁当。一品一品が醸し出すふくよかな味わいに、箸が止まらなくなること請け合いだ。
マクロパーフェクト弁当(1折)1,080円
肉・魚・玉子・乳・白砂糖を使わない、独自の“和正食”の考えに基づいて作られた玄米菜食弁当。豊富なおかずは月替わりで旬の素材を使用し、目にも鮮やか。
勝運両国(1折)1,782円
食べ応えのある肉厚な和牛すきやき弁当。白飯が入った折の右上には勝運白星に見立てた大根の酢漬けが入っている。
曲げわっぱを模した容器を使用した「勝運両国」のパッケージ。勝運白星に見立てた大根の絵柄が、どこかおめでたいムードを放つ。
勝運おはぎ(3個入)420円
玄米餅米と北海道産小豆をふんだんに使用した、ほっこりした味わいの三色おはぎ。白砂糖不使用、甜菜糖で甘みを出したやさしく健やかな風味は何度でも食べたくなる。
Text : Mako Kobori
Photo : Mariko Tosa ,Yuya Wada