<有職>手間暇を包んで見せない奥ゆかしさ。茶巾寿司は大正時代の茶席から生まれた。 

2023.9.15 UP

昭和8年から東京・赤坂で続く上方寿司の専門店<有職>。創業者が考案した茶巾寿司と、皇室主宰の園遊会に欠かせないちまき寿司。二枚看板ともいえるこれらの寿司は、いかにして生まれたのか。そして、代々の職人たちが受け継いできたその味と仕事とは?  

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大正時代の茶席から生まれた茶巾寿司。 

いまや寿司のひとつとして広く知られる茶巾寿司。上方寿司のように思われがちだが、生まれたのは、東京・赤坂。日本の宮家のひとつ、伏見宮家の調理場で包丁人をしていた小原義太郎が、大正時代に茶席で供したのが最初だという。茶事に使う茶巾に見立てた薄焼き卵で、具を合わせた酢飯を包んだこの寿司は、客に大層気に入られ、宮家から“茶巾寿司”の名を賜ったのだそうだ。「大正時代といえば、卵はまだ、病気のときに滋養強壮で食べるような高級食材。茶会の後も華族の方々の間で大変もてはやされ、それが<有職>を創業するきっかけになったと聞いています」と、代表取締役の横田雅房さんはいう。

 

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茶巾寿司という名称は、かつては登録商標だったが、「この寿司を広めていただけるなら」との思いから、それを辞めたそう。その名残の看板が店先に。

平安のころより伝わる朝廷や公家が行う行事や儀式、官職などを“有職故実(ゆうそくこじつ)”という。小原は、自身の経歴にちなんだ有職の2文字を屋号に、昭和8年、茶巾寿司を携えて上方寿司の店を開業する。

 

 

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節句菓子の粽から考案したちまき寿司。中は寿司だが、笹で包んで、イグサで結ぶ形は菓子のまま。前日の午後に巻いてひと晩寝かせてから店頭に。ちょうどいい塩梅にネタとシャリがなじんでいる。

 

 

節句菓子からひらめいた寿司がもうひとつの名物に。  

そして、2年ほど経ったころ、もうひとつの名物が誕生する。ちまき寿司である。端午の節句に欠かせない菓子、京都の粽(ちまき)に発想を得たもので、「粽の形はそのままに、鯖寿司などいろいろな寿司のいいところを取り入れて考案したと伝わっています」。魚介とシャリを重ね、笹で包んだこの寿司も、茶巾寿司に劣らぬ評判となり、皇室が催す園遊会に供される一品にも選ばれ、いまに続く。実は、一時店を閉めたこともあったが、園遊会の際には、これを作るためだけに職人たちが集まっており、それが<有職>の復活につながったのだとも。いまでは、この2枚看板のほか、季節限定の夏かん寿司や京風彩りばら寿司など、種類は増えているが、「いずれも生ものは使わず、ネタにはなにかしら仕事を施している上方風の寿司です。それは創業から変わりません」。

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シャリには、粘りがそれほど強くない国産米を使用。精米にこだわる米店から届く米は、欠けがなく、ほんとうに粒揃い。これを硬めに炊き上げ、麹酢や昆布で旨みを加えた合わせ酢で切り、別々に仕込んだ6種の具を、手でふんわりと混ぜる。

 

 

 風雅な趣のある寿司は、仕込みが命。          

現在は、熟練の職人7人が朝5時半からフル稼働で寿司を作っている。茶巾寿司のシャリに入る具は、ずっと変わらず、蟹そぼろ、焼き鯛、干瓢、椎茸、海苔、ゴマの6種。抹茶に合うよう考案された寿司ゆえ、甘めの味つけも特徴で、焼き鯛以外は、シャリと一体になるよう微細にして、砂糖が主体の煮汁で、一種ずつ煮しめる。レシピはなく、作り方は職人が代々口伝で受け継いできたものという。「うちの寿司は仕込みが9割。地味な仕事ばかりです。蟹そぼろなど、気が遠くなるような手間をかけて仕込んでいますが、実はそのまま食べてもおいしくない。全部が合わさってはじめて、おいしくなるような味つけになっています」。

 

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薄焼き卵には、美しい黄色を出すため、ルテインを多く含んだ卵と一般的な卵の2種を併せて使用。砂糖を加えて溶き、ひと晩寝かせて粘度が出てきた卵液を、春巻きの皮の製造機だったという機械で薄く焼き上げる。時間が置いておいしくなるよう、寿司飯はふんわりと包む。

本店には、常連客のひとりだという書道家、閑万希子氏の書が飾られている。そこに書かれているのは“包”の文字。職人たちの手間暇を包んで見せない茶巾寿司やちまき寿司の奥ゆかしさが、茶事に縁の深い店らしい。

 

 

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茶巾寿司(1個)843円

創業時から変わらぬ姿形でいまに続く、茶巾寿司の元祖ともいえる一品。蟹そぼろ、焼き鯛、椎茸、干瓢など6種の具を混ぜたシャリは、酸味が穏やかで、甘めのやさしい味わい。焼き鯛以外の具はかなり細かく刻まれており、口あたりもいい。これを、時間をおいてちょうどよくなるようふんわりと握って、薄焼き卵にのせ、季節替わりのトッピングを重ねて包んでいる。トッピングは、夏は紫花豆、秋以降は栗の甘露煮になる。そして、最後に細い昆布で結び、上品な佇まいに仕立てる。実は、この作業も繊細で、最後まで気を抜けないそう。

 

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上巻(4切入)951円【伊勢丹新宿店限定】

 

2007年から伊勢丹新宿店の店頭に並ぶ、ワンランク上の太巻き寿司。いわゆる卵焼きの替わりに、ケラ玉と呼ばれる魚介(海老とイカ)のすり身を合わせた卵焼きを、海老の替わりにカニを入れて具材をグッと豪華にしたもので、さらに焼き穴子やキュウリ、干瓢など、8種の具が入る。食べやすいよう、あらかじめ4つにカットしてある。

 

 

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ちまき寿司(3本包/鯛・海老・鱒)1,361円

 

創業して程なく考案された、節句菓子の粽を模したはや寿司。ひと晩塩をして余分な水分を抜いた魚を生酢にさっとくぐらせ、シャリと重ねて笹で巻き、藺草(いぐさ)でかがる。近年は、これを笹やシャリが乾かないよう、恒温恒湿器の中でひと晩寝かせ、味がなじんだところで店頭へ。手を汚さず楽しめるひと口寿司なので、観劇のお供としての利用も多い。

 

 

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京風彩りばら寿司(1折)1,728円

 

関西の箱寿司とばら寿司をひとつにしてしまったような、贅沢な創作寿司。にんじん、牛蒡など炊いた野菜を酢飯に混ぜ、錦糸卵をちらしたばら寿司の上に、穴子や海老、椎茸、栗、干瓢などの具材を、升目のように重ねてあり、蓋を開けた瞬間は箱寿司のよう。花を象った生麩や、さつま芋の蝶が、華やかさを添えている。

 

 

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伏見(2個入)1,037円

 

茶巾寿司の大きさは、創業のころからずっと変わらない。ひとつでお腹がいっぱいになるようなボリューム感だ。そこで、近年、客のニーズに合わせて登場したのが、このハーフサイズ。トッピングは一年を通じて海老を入れるが、中のシャリも包んでいる薄焼き卵もふつうサイズの茶巾寿司と一緒。ちまき寿司など、ほかの寿司と組み合わせて楽しめると好評だ。

 

 

 

Text:Yuko Saito

Photo:Takao Ota,Yuya Wada

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