2022.10.31 UP
ヨックモックが設立したのは1969年。人類が初めて月面に到着した画期的な年と時を同じくする。社名は創業者の藤縄則一がスウェーデンの首都ストックホルムから800km離れた森と湖の小さな町「JOKK MOKK」(ヨックモック)を訪ねた折、心温まるもてなしと手作りのお菓子に感銘を受け、「菓子作りの原点は、まごころのこもった手作りにある」と街の名をそのまま社名にしたことによる。ただ、読みづらいということで「YOKU MOKU」と綴りを変えた。このヨックモック設立とともに、それまでの焼き菓子の常識を打ち破るシガールが誕生した。とはいえ、話はそう簡単ではない。
ブルータイルが印象的なヨックモック青山本店。1978年に建築され、2016年全館リニューアル。ショップとブルー・ブリック・ラウンジを併設し、中庭にはブランドシンボルのハナミズキが植えられている。
今から半世紀前、日本は大量生産、大量消費に突入した高度経済成長期。当時の焼き菓子は安価で日持ちがするマーガリンやショートニングを使って、しっかり焼き上げられたものが主流だった。だが、ヨックモックはそうした常識を打ち破り、バターをふんだんに使った繊細なラングドシャーを目指したのだ。しかも「これ以上バターを入れると、形にならない」というギリギリの分量まで使うことを掲げた。それによってバターの深いコクと風味、サクッとした口当たりと繊細な口溶けを実現できるからだ。
しかし、バターが多くなると生地が割れやすくなり、試作は困難を極めた。解決の糸口となったのは、創業者が目にした17世紀のフランス画家リュバン・ボーシャンの『巻菓子のある静物』という絵画。そこには薄くロール状に巻き上げられたお菓子が描かれていた。それがヒントになり、生地を補強するためにくるっと巻かれた形状が考案され、さらに薄く巻いた生地を重ね合わせることで独特の食感を生むことに成功した。こうした試行錯誤の果てに、シガールが誕生した。
1969年に三越本店(東京・日本橋)で販売が始まると、かつてない新しい味として瞬く間に大評判に。以来50年以上にわたり、誰からも愛される銘菓として親しまれてきた。
シガール(20本入/1缶)1,458円
今や年間、約1億2千万本という驚異的な本数が作られているシガールだが、最初は一貫して職人の手作業で作られていた。
「焼きたての熱い生地を、職人たちが1つずつ手で巻いていました。でも、量産するには手巻きでは限界があるため、機械化への挑戦が始まったのです。シガールは二重三重に巻いてありますが、あの薄い生地が重なっているところに若干の空気の層があるので、食べた時にほろっと崩れるような食感が生まれます。ピッタリと密に巻いてしまうとどうしても硬くなってしまうんですよね。それまで職人が手作業でやっていた繊細な作業を機械で再現できるのか? 手作りの味わいを失わずに作れるのか? こうした問題をクリアするため、実に約10年の歳月を必要としました」
と説明するのは商品部の濱大規さん。「機械に合わせたお菓子を作るのではなく、お菓子に合わせた機械を作る」という強い信念の元に製造機械を約10年かけて完成させる。以降、シガールの生産量は飛躍的に伸びただけでなく、その美味しさと高い汎用性は海外でも評判を呼び、シガールは国内外の手土産の定番として不動の人気を得ることができたのだ。
シガール発売当時から缶のデザインを重視。これは初代の缶で17世紀の欧州で流行した高級な壁紙の唐草模様がモチーフに。2代目の缶は紺と白のシックな綾織模様、現在の缶は3代目で光をイメージしたデザイン。
※画像は初代の缶
シガールは本物そっくりなノベルティも大人気。くるくると巻けばシガールになる今治タオル、巻いたシガールを広げたらメッセージカード、シガールの形をした可愛いミニマグネットなど、ファン垂涎のグッズばかり。
※非売品
2012年オンリー・エムアイの企画商品として誕生して以来、伊勢丹新宿店・日本橋三越の限定アイテムとして売れ続けているのが「フルール・フルール」。バターをたっぷりと使い、軽やかな食感でほろりと甘やかな口溶け。なんといっても缶を開けると誰もが感嘆するのはその美しさ。ヨックモックのシンボルとなっているハナミズキの花びらをモチーフにしたラングドシャーを、職人が1枚1枚並べて花のように缶に敷き詰めているのだ。手間ひまをかけた少量生産、しかも職人の手詰め!設立当時からのヨックモックの心意気が表れている。
フルール・フルール(20枚入/1缶)1,404円【伊勢丹新宿店・日本橋三越限定】
ヨックモックでは季節に合わせた限定商品を販売し、そのファンは多い。秋冬季限定で登場する「ビエ オゥ ショコラオレ」。ビエとはフランス語で〈折りたたんだ紙片〉という意味で、丁寧に焼き上げたラングドシャー生地を2つに折りたたみ、ミルクチョコレートで包んだクッキー。サクッとした食感となめらかなミルクチョコレートの口溶けを味わえる。
ビエ オゥ ショコラオレ(24枚入/1缶)1,296円
秋冬シーズン限定の「バトー ドゥ マカダミア」はサブレ生地の上にマカデミアナッツを乗せて焼き上げ、ミルクチョコレートで包んだクッキー。バトーはフランス語で〈舟〉の意味で、ゴロッとしたナッツの食感とサブレの口溶け、チョコレートが美味しさのハーモニーを奏でる。春夏シーズンは別仕立てで、マカデミアナッツを練り込んだサブレ生地を焼き上げて、ミルクチョコレートをサンドした同名のクッキーが登場する。
バトー ドゥ マカダミア(16枚入/1缶)1,944円
1972年に発売された「ポーム ド テール」は秋冬限定のロングセラー。フランス語で〈じゃがいも〉を意味し、その名の通りコロンとした愛らしい姿で、フルーツケーキとバタークリームを、マジパンとミルクチョコレートで包み込んだお菓子。フルーツケーキには数カ月間、洋酒とスパイスにじっくり漬け込んだ何種類ものドライフルーツを使っていて、まさに熟成された大人の味。
ポーム ド テール 6個入/1缶 1,296円
ヨックモックの人気を支えているのは、手作りのやさしさ、温かさ。その甘やかなバターの香りとともに家族や親しい人たちと食べた懐かしい思い出までもが甦る。缶も捨てられずに、大切なものを入れていた人も多いだろう。シガールは日本人の幸福な記憶とともにある。
撮影・岩本慶三
文・一澤ひらり