2023.5.1 UP
手巻き寿司は子供の頃、人が集まる時によく食べた記憶があります。手巻き寿司は「食べる人が最終的に仕上げる」というめずらしいスタイルの料理です。海苔に酢飯をのせたところに好きな量の具材を加え、味が足りなければしょう油をつけて食べる。小さい頃からそんな経験を積んでいけば、将来料理上手になること間違いありません。
また、手巻き寿司はお店ではなかなか食べられない料理でもあります。家でつくれば出来たてのおいしさが味わえます。出来たての手巻き寿司は酢飯と具材の隙間に空気が残り、口に入れるとふんわりとほどけます。
おいしさを決めるポイントは大きく二つ。「海苔」と「酢飯」です。海苔は三國屋『焼寿司海苔』(優上)の半切を使います。半切りというのは海苔を半分にカットしたもので、手巻き寿司のサイズにぴったり。三國屋の海苔には「超特選」や「推奨」というグレードもありますが、個人的には手巻き寿司にはうま味が強いこちらがおすすめです。
もう一つ大事なのが「酢飯」です。お寿司の味は酢飯が占める割合が大きく、この出来不出来で仕上がりが変わってきます。
酢飯は炊いたご飯に「すし酢」と言われる、塩や砂糖などを混ぜた合わせ酢を絡めたもの。お店によって酢の種類や配合に違いがあり、門外不出の店も多いですが、ここでおすすめするのは富士酢の「手巻きすし酢」です。
色が赤いのは酒粕を原材料にする赤酢を使っているから。赤酢は昔ながらの江戸前寿司のお店で使われている酢で、甘みと旨みが特徴。この手巻き寿司酢は10年かけて造る赤酢と米酢を配合し、塩だけで味付けしたもの。これを使うだけでお寿司屋さんに負けない酢飯が作れるすぐれものです。
(材料)
■酢飯
米 300g(2合)
水 360ml
手巻きすし酢 70ml
(作り方)
酢飯に使うご飯は粘り気を抑え、後からすし酢が浸透するように硬めに炊きます。そのために有効なのが「限定吸水」という浸漬方法です。米をさっと洗ったらザルに上げて30分置きます。通常の浸漬方法よりも米が水を吸わないので、硬めに炊きあがります。ただし、乾燥すると米の表面にヒビが入り、デンプンが溶出し、炊きあがりが水っぽくなってしまいます。なので、濡らしたキッチンペーパーをかぶせておくなど、あまり長い時間ザルに開けないように注意しましょう。
後から酢の水分が入るので、加える水の量も1割ほど減らします。料理の教科書にのっている昔のご飯の炊き方は米2合に対して水400ml〜420mlが入るものですが、400mlから1割減らして360mlを加えます。炊飯器の場合は水の目盛りを「すめし」にあわせ、「早炊きモード」で炊きます。
鍋で炊く場合は中火で沸騰させ、弱火に落として10分加熱します。蒸らす前に一度、蓋をあけて蒸気を逃してから、5分蒸らすとご飯粒の表面に吸収される水分が少なくなり、酢が入り込む隙間が多くなります。
さて、ご飯が炊きあがったら時間との勝負です。ご飯が温かいうちに料理を進めます。
炊きあがった直後のご飯はデンプンが糊化し、組織が緩んで隙間ができています。ここにすし酢が入り込んだ状態が酢飯です。飯台にご飯を移し、すし酢をふりかけます。一箇所に注ぐとそこだけ温度が下がり、味ムラができるので、しゃもじを使って全体に振りかけるようにしましょう。飯台がなければ大きいボウルやバットでもかまいません。
切るようにご飯を混ぜていきます。全体に酢の色が染まったら混ぜ終わりの目安です。混ぜすぎるとご飯から粘りが出てくるので、混ぜすぎないように心がけましょう。また、混ぜる時に団扇などであおぐ必要はありません。米の温度が下がるとデンプンの性質が変化し、組織が詰まってきます。そうなるとすし酢が米の組織に入っていかないからです。
飯台にご飯を広げ、自然に冷まします。この工程で酢の酸味がやや飛び、風味が残ります。業務用などで大量の酢飯を一度につくる場合は扇風機を使って急冷したりしますが、慌てて冷ますと酢の酸味が飛ばずに尖った味わいになってしまうので、やはり避けましょう。
これで酢飯の出来上がり。完全に冷めた状態よりも温もりが残った状態のほうがおいしく味わえます。最近のお寿司屋さんには魚の種類にあわせて、酢飯を蒸し器で温めたりして、温度を上げるところが増えています。冷たいご飯よりも温かいご飯のほうがおいしいのは当然。
温かいうちに酢飯だけを海苔に挟んで食べてみてください。既製品のすし酢と最高の海苔をあわせただけの料理ですが、手巻き寿司のおいしさを再発見できるはずです。とはいえ、手巻き寿司の楽しさは自分で具を選ぶところにもあります。
手巻き寿司の具はまず主役を決めて、そこからはお財布と相談です。ある程度の価格のお刺身を買ってきて、大きいようであれば細く切るといいでしょう。
今日はマグロのお刺身を用意しました。かいわれ大根や大葉は魚を引き立てる名脇役です。
きゅうりの細切りやタクワンの細切りも定番。盛り付けた具を中心におき、みんなが楽しく食べられるように配置します。銘々の取皿と醤油入れを準備したら、後は好きなように食べるだけです。具材にはお子さんが喜ぶ甘い卵焼きも揃えたいところ。
卵焼きは市販もされていますが、自分でつくるのも簡単。手巻き寿司の卵焼きは通常よりもやや甘め、塩味は控えめにすると酢飯とのバランスがとれます。
(材料)
■卵焼き
卵 3個
うすくち醤油 小さじ1
砂糖 大さじ2
サラダ油 適量
砂糖が多いように感じるかもしれませんが、砂糖の保水力で冷めてもしっとり感が残ります。
サラダ油以外の材料をボウルでよく混ぜます。白身と黄身が完全に混ざっていないと焼いたときに斑点になってしまうのでここは丁寧に。箸をボウルの底につけ、切るように前後に動かし、全体を均一化させます。
卵焼き器を中火にかけ、充分に熱したら適量のサラダ油を入れ、卵液1/3ほど注ぎます。
ガスコンロの場合、四隅から固まってくるので、中心に寄せながら半熟状態をつくっていきます。
半熟状態になったら卵を手前に寄せます。この時、火加減は中火のままですが、卵焼き器を火元から外しましょう。火にかけたままだと焦げるリスクが高くなります。卵焼き器の角を使って卵の形を整えたら、奥に寄せます。
卵焼き器を再び火に戻し、1/3の卵液を注ぎます。
卵液が膨らんだら箸の先で潰しながら、半熟状態がのこっているうちに卵を手前に巻いていきます。巻くときに火から外すことで火加減を調整します。
卵焼き器の角を使って、形を整えます。
もう一度、奥に卵を寄せ、手前に残りの卵液を注ぎます。やはり半熟状態のうちに手前に巻いていきます。
箸を使って形を整えれば出来上がりです。
粗熱をとってから切り分けましょう。お弁当のおかずにも活躍する卵焼きです。子供から大人まで楽しめる手巻き寿司。茶碗一杯のご飯が進まない人も手巻き寿司にするとたくさん食べられるもの。海苔でご飯を巻く、というのはシンプルながら食材をぐっとおいしくする料理法で、憶えておいて損はありません。
おいしい酢飯さえできれば、どんな具材をあわせてもお寿司はおいしくできます。お魚が苦手な方には焼肉、ローストビーフ、ハムなどを揃えておいてもいいでしょう。お弁当の定番の鶏そぼろも手巻き寿司の具材にぴったり。
■鶏そぼろ
(材料)
鶏ひき肉 200g
濃口醤油 大さじ3
上白糖 大さじ3
酒 大さじ3
(作り方)
すべての材料を鍋に入れ、箸でほぐしてから中火にかけましょう。
すべての材料を鍋に入れ、箸でほぐしてから中火にかけましょう。
火が通ってくると鶏がほぐれてきます。大きな塊があったら箸でほぐし、全体の色が変わったら出来上がりです。また、厚焼き卵をつくるのが大変であれば卵そぼろをつくる手もあります。
■卵そぼろ
(材料)
卵 2個
上白糖 大さじ1
薄口しょう油 小さじ½
作り方は鶏そぼろと同じ。
すべての材料を鍋に入れ、箸でよく溶きほぐします。
中火にかけて混ぜながら火にかけます。鶏そぼろよりも水分量が少なく、焦げやすいので、ふちの卵が固まってきたら弱火に落としてゆっくりと加熱したほうが失敗するリスクが減ります。
そぼろ状になれば出来上がりです。
アレンジとしてカップ寿司はいかがでしょうか。グラスなどに酢飯を入れ、好きな具材を入れていくだけです。
一番上にはそぼろを盛ると春らしい色合いになります。
甘酢漬けのしょうがを添えれば出来上がり。写真はブロッコリースプラウトを添えています。スプーンで食べるカップ寿司は食べやすく、事前に準備もできるので、やはり人が集まるときなどに活躍します。手巻き寿司もカップ寿司も、お寿司には人の気持ちを盛り上げる力があるようです。
Text & Photo Naoya Higuchi