2023.12.8 UP
「台所が狭くて、ちょっと驚くでしょう?」
ここは鎌倉山にある、料理研究家・ホルトハウス房子さんの台所。胡桃の木材と、レンガの壁に囲まれたその空間は、想像していたよりもコンパクトにまとまっていた。
「台所ってね、こうして両腕を横に伸ばして、ぶつからない程度の広さがあればそれでいいの。必要なものにもすぐ手が届くでしょう?」
アメリカ人の夫を持ち、諸外国での暮らしを経て鎌倉山に居を構えて50年以上。建築家と一から設計したこの台所で、現在も料理教室を続けている。
「お鍋や調理器具がバーッと並んだ広いキッチンを好む方もいるけれど、私の台所に余分なものは置かないの。道具もほとんど増やしません。あれこれとっておいても、私はきっとすぐに忘れちゃうから(笑)」
作業時に背中が曲がらない高さの調理台やシンクは、アメリカ製のオーブンガスレンジに合わせて設計。継ぎ目のないステンレスの天板を敷いてあり、掃除もしやすい。
「台所に限らず、家は掃除のしやすさが大事。このレンガの壁だって、油で汚れたら洗剤でゴシゴシ拭けばいいから手入れが楽なのよ。これは建築家と初めて打ち合わせをした日に見つけたレンガ。胡桃の木の色と相性がいいなと思って」
本物の美意識が貫かれたこの台所では、食材も厳選。例えば調味料なら、塩は一種類だけ。昔ながらの天日と平釜で作る<海の精>の伝統海塩「あらしお」を、長年愛用している。
<海の精>あらしお (240g) 648円
伊勢丹新宿店本館地下1階 シェフズセレクション
伊豆大島の塩田で海水を濃縮し、平釜で結晶させた伝統的な日本の海塩。海水由来のニガリ成分を適度に含み、ほのかな甘さと旨み、コクとキレが感じられる。
「出会ったのは30年以上前。当時はまだ(塩専売法の関係で)入手しにくかったけれど、そのうち伊勢丹などでも販売されて、いつの間にかうちはこの塩だけになっていました」
JR湘南新宿ラインが開通してから、伊勢丹新宿店にも何度か足を運んでいる。
「伊勢丹は昔からモダンで、洒落たものが見つかる百貨店よね。洋服もそうだけれど、今は食料品も商品が多いし、歩いているとまるで雑誌をめくっているような気分になれる。もちろんその中には“おいしい塩”も沢山あるだろうけれど、〈海の精〉のいいところはおいしすぎないところ。余計なものが入っていないからいいのよ」
肉や魚、お漬物にも。ホルトハウスさんの料理には、この塩だけ。
「沢山の塩を使い分けなくたって、当たり前の塩がひとつあれば、おいしく作れるの。もちろん好みは人それぞれでいい。伊勢丹だったら、そんな塩に出会えるかもしれないわね」
結婚後は、アメリカや台湾、タイなどで暮らした。
帰国後に落ち着いたこの家には、その経験から磨かれたインテリアのセンスが凝縮されている。
鎌倉山の谷戸を広く見渡せるリビングでは、ゲストを招いて食事会をすることも。
「あらしお」は、シンプルなパッケージデザインも好きだとか。
シンクは明るく、洗い物も天日で乾く。この清潔感が大切であるそう。
大理石の作業台の下に作った大きな引き出し。調理道具はどれも年季が入っている。
50年以上続く料理教室も自宅の台所で開催。次月の教室のレシピを試作する姿。
ヴィトラ社のウォールクロックなど、小物選びもさりげなくおしゃれ。木材はすべて胡桃、大理石の作業台もある。
廊下の壁一面に備えた収納。食器は毎月入れ替える。
自宅隣に併設する洋菓子店<ハウス オブ フレーバーズ>の入り口。
鎌倉山の景色を楽しめる店内。
代表的なお菓子は45年をかけてレシピを完成した濃厚な「チーズケーキ」。イートインでは<ディオール>の食器を使用。飲み物がセットで2,970円。
プロフィール
料理研究家
ホルトハウス房子
1933年生まれ。諸外国での生活がきっかけで西洋の家庭料理を学ぶ。彫金に打ち込んでいた時期もあり、家のスイッチカバーを自作したことも。レシピと暮らしのセンスと気さくな人柄にファンが多い。
写真:有賀傑
取材・文:小堀真子