2024.1.17 UP
モーンングに象徴される独自の喫茶店文化が花開く愛知県・名古屋市に、<カフェタナカ>の前身となる「コーヒータナカ」が誕生したのは、1963年のこと。当時は珍しかった自家焙煎コーヒー専門店として、多くの常連客に愛されていました。子供の頃からその空気に触れ、高校生になってからはお店の手伝いも始めたという長女の田中千尋さん。「自宅でも家族で楽しむお茶の時間も大切にしていて、『父のコーヒーに合うお菓子をつくりたい』との思いからフランス菓子を学び、パリで修業しました」。
クラシカルな洋館の佇まいが美しい「カフェタナカ」本店。
店内には、「コーヒータナカ」開店当初のメニューも。当時のコーヒーの価格は、1杯70円。
そして、帰国後に名古屋へ戻り、1995年、パリで得た経験を元にリニューアルしたのが、現在の<カフェタナカ>です。1Fにはパリのカフェを思わせる心地よいテラス席が設けられ、2Fには製菓用のラボを設けて本格的にお菓子の製造をスタート。当時はまだ珍しかったタルトやパリ風モンブラン、ショコラ・ド・パリ(チョコレートケーキ)など、フランス仕込みの本格的なケーキは好評を博し、百貨店の催事にも声がかかるようになっていったといいます。
「喫茶店から始まったお店としてまず大切にしているのは、名古屋の喫茶店文化です。そこにコーヒーに合う手づくりのお菓子を加えることで、いらしてくださるお客さまにもっとコーヒータイムを楽しんでもらい、さらにはそのご家族にまで楽しみを広げてもらいたい。お菓子と喫茶のどちらも片手間にせず、両方に力を入れてきちんとしたものを日々お出しし、名古屋の喫茶文化とその魅力をもっと広げていきたいと考えています」と、田中さん。
その後支店もオープンし、アイスクリームやチョコレートなどさまざまなお菓子にも挑戦するなかで、焼き菓子や伝統菓子を愛する自分の原点、そして「コーヒーに合うお菓子」という原点に立ち返り、クッキー缶の構想を開始。そんなとき、東京・浅草のかっぱ橋道具街で見つけたのが、職人がひとつひとつ手作りする素敵な缶でした。「蓋の縁がアールを描いていて、手に取ると温かみがあって、『この缶に私のお気に入りだけを詰めてみたい』と、思いました」。そして、2010年にインターネットで限定販売をスタート。これが、大人気となるクッキー缶「レガル ・ド ・チヒロ」シリーズの始まりでした。
<カフェタナカ>の名を全国的に有名にしたクッキー缶「レガル・ ド・ チヒロ」シリーズ。
カフェタナカ 代表取締役 グランシェフ
田中千尋(たなかちひろ)さん
1971年愛知県名古屋市出身。喫茶店「コーヒータナカ」を創業した田中寿夫さんの長女として生まれ、父のコーヒーにあうお菓子を作りたいと、21歳で渡仏。本場のフランス菓子を学び、帰国後は実家の「コーヒータナカ」を「カフェタナカ」としてリニューアルオープン。その後3つの支店を開き、2019年には、アフリカ・サントメ・プリンシペ民主共和国のサントメ島に、自社管理のカカオ農園を開園、現地で働く女性支援にも注力。(社)愛知県洋菓子協会理事、(社)全日本ヴァンドゥーズ協会副会長としても活躍する。
クッキーをつくるうえでも変わらず貫いているのは、「ひとの口に入るものに責任を持ち、本物の素材を使って本物の味をつくる」という姿勢。小麦粉やバター、木の実といった素材を厳選して使い分け、体に優しく負担のかからない自然な素材を極力使うようにしている。
1枚1枚のクッキーの個性、香り、美味しさを引き出すために、砂糖もきび糖やヴェルジョワーズなど種類を変えているこだわり。
「粉と砂糖とバターというシンプルな素材からフランス菓子の技法で生み出すクッキーの世界はとにかくシンプル。だからこそ素材の個性を生かしきるためにルセット(レシピ)をどのように表現するかが決め手となります」と、田中さん。「フランスの伝統的な技法を守りつつ、素材ひとつひとつを大事にして、口元に近づけたときの香りから最後の余韻まで考えながら、味わいや食感のバランスを取っていきます。素材を生かしきるために無駄に手をかけず、複雑にせず、1枚1枚心を込めてていねいに手仕事をするのが、私たちの大切にしている部分。求めるのは効率ではありません。素材の組み合わせはもちろん、バターと砂糖を混ぜるときの温度や空気の含ませ具合、素材を加えるタイミング、生地の合わせ方や混ぜ具合、焼き上げる温度や時間といったきめ細かい調整や見極めによって、噛みしめたときの味や香りの立ち方はまったく変わります。自由な発想で作る焼き菓子の世界は本当に奥深く、味覚の表現の旅が終わることはありません」。
詰め合わせるクッキーは、コース料理で前菜があったり、メインがあったりするのと同じように、パンチの強いものや箸休め的なものを組み込み、流れのなかで楽しむことができて食べ飽きないバランスにまとめています。「人を笑顔にする幸せのティータイムを思い描き、蓋を開けた瞬間のバターの香り、パッチワークのような見た目の美しさ、味わいの楽しさや感動を大切にしています」と語る、田中さん。よく見ると、同じクッキーでも少しずつ大きさや形が異なっているのは、形よりもおいしさや温もりを重視し、手作業で焼き上げている証拠。缶に詰めるのも、1枚ずつ思いを込めながら手作業で行っています。
繊細な色合いに心ときめく、「レガル ・ド ・チヒロ」シリーズの缶の数々。
クッキーを詰める缶は、当初の職人の引退に伴い、ゴールドのロゴや模様が浮かび上がるレリーフ缶に変更し、現在も引き続き使用しています。色合いは、定番にはブランドカラーであるピスターシュとラベンダーをベースに。季節やテーマによって変え、ナチュラルで温もりあふれるパステルカラーを中心に細かく色合いを調整したものを田中さん自身がチョイス。中身のクッキーを味わった後も大事に残し、何かを入れて使ってもらえるよう、約1年試作を重ね、こだわり抜いた理想の色を生み出しているというから驚きです。「そもそもクッキー缶は、フランス菓子の文化と日本の贈りもの文化の融合によって生まれたものだと思うのです。ですから日本らしい季節感を大切にし、きれいな色にこだわって私自身楽しみながら選んでいます」と、田中さん。コレクターが後を絶たない理由が、ここにあります。
ビスキュイ・ショコラ・クラージュ 1缶(250g)9種入 5400円
(缶の外寸サイズ:約縦15×高さ4.7㎝)
※2月1日(木)午前10時より、三越伊勢丹オンラインストア「マンスリースイーツ」にて販売いたします。
今回、マンスリースイーツに登場するのは、アフリカ・サントメ・プリンシペ民主共和国のサントメ島のカカオからつくるチョコレートを使った、クッキーとチョコレート菓子9種類の詰め合わせ。その名も「ビスキュイ・ショコラ・クラージュ」です。内容は、こちら。
*ヴィエノワ・サントメ
シナモン、ナツメグ、ヘーゼルナッツの素材の旨味を大切に、ホロホロ食感の生地と程良い苦みのビターチョコレートとの繊細なハーモーニーが楽しめる新作。
*ショコラサンド・トリュフ
薄く焼いたチョコレートの生地に白トリュフを忍ばせ、カカオ分60%の濃厚なビターチョコレートでコーティング。噛みしめるほどに香りが広がる一品。
*カフェビーンズ・ノワール
丁寧に焙煎し香りと食感にこだわった「カフェタナカ」の自家焙煎コーヒー豆を、ビターチョコレートで包んだ定番。
*ディアマン・ショコラ・サントメ
カカオたっぷりのざっくりとしたチョコレート生地に、刻んだビターチョコレートを混ぜこみ、ゲランド産の海塩がアクセント。
*マポロン
アーモンドをたっぷり加えたチョコレート風味のマカロン生地を焼き上げ、軽やかなラスクに。
*パレ・サントメ
程よい厚みのパレ(チョコレート)の上にピスタチオやオレンジコンフィ、ハート形のチョコレートをのせて。
*ビスキュイ・エピス・サントメ・ノワール
(2023年訪問時現地の女性たちと作ったクッキー)
ジンジャーとシナモンの香る甘さ控えめのスパイシーな生地にしっかりとしたカカオの苦味と酸味を感じるチョコレートとペカンナッツを混ぜ込んでホロリとした口溶けを表現。
*オランジェット・サントメ
ジューシーで歯切れの良いスペイン産オレンジを使用したコンフィの豊かな香りとウッディな爽やかさのサントメチョコレートにカカオニブを散りばめて。
*フロランタン・ショコラ
チョコレート生地と丁寧に炊き上げたキャラメルにアーモンドとハチミツ、カカオニブをあわせじっくり焼き上げて。
「ヴィエノワ・サントメ」は、堅めの生地を星口金で絞ってオーブンヘ。
※通常は、手袋をつけてすべての作業を行っています(以下、同)。
「ビスキュイ・エピス・サントメ・ノワール」の焼き上がり。しっかり焼ききり、素材の味と香りを引き出す。
「ビスキュイ・エピス・サントメ・ノワール」は、焼きあがった生地の半分をビターチョコレートで1枚ずつ薄くコーティング。
型にテンパリング(温度調整)したビターチョコレートを絞りこみ、固まり切らないうちにナッツやハート形のホワイトチョコレートをあしらう。
ふたを開けた瞬間に広がる笑顔を思い浮かべながら、愛情をもってていねいに手作業で缶に詰める。
詰め合わせの美しさやデザインも大切に。
もともと、サントメ島のカカオのアフリカらしいカカオ感を持ちながらフルーツが熟したような香りやウッディな爽やかさ、奥深さが大好きだったという田中さん。10年ほどの長い準備期間を経て、2019年、サントメ島に念願の「カフェタナカ 希望の有機カカオ農園」をオープンしました。「サントメ島は植民地時代、ポルトガルによってブラジルから持ち込まれたカカオを、アフリカで最初に栽培した島です。独立した今も島内には原種に近くて質の高いカカオが残っており、それを大事にしたいと思いました」と、田中さん。「同時に、現地では産業が発展しておらず、投資もされていなくて、貧困や人種差別、女性の地位の低さなど問題は山積み。私自身が女性なので、現地の女性を支援して荒廃したカカオ農園を一緒に再生させ、彼女たちの自立を促すとともに、お菓子を通じて日本でもサントメ島のカカオのおいしさを広く知っていただこうと考えたのです」。
サントメ島の「カフェタナカ 希望の有機カカオ農園」入り口にて、農園で働く現地の女性たちとともに。
写真:<カフェタナカ>提供
荒廃していたカカオ農園を再生。原種に近い良質なカカオが収穫される。
写真:<カフェタナカ>提供
収穫されたカカオは、発酵を経て天日干し。
写真:<カフェタナカ>提供
田中さんの思いは実を結び、2023年に再び現地を訪れた際には、荒廃していたカカオ農園がきめ細やかに手入れされ、収穫されるカカオの品質も大きく向上。現地の女性たちも「この農園は私たちにとっても希望なのです」と話します。
「何よりも、農園で働く女性たちの意識が変わり、自分たちの希望を託した農園をより活性化し、自分たちの意思で畑を拡大していたことがうれしくて」と、田中さんは語ります。
今回のクッキー缶には、その想いのこもったカカオからつくられたチョコレートを使用。現地の女性たちと一緒につくった思い出の味である「ビスキュイ・エピス・サントメ・ノワール」をはじめ、さまざまな食感と味わいでサントメ島のショコラのおいしさを堪能できる、魅力あふれるひと缶となっています。
Text:Rieko Seto
Photo:Kenta Yoshizawa