「何かが私を待っている!」と信じ、行動と努力で突き進んできた
石川さんがパン職人の道に進んだきっかけは、漬物屋へ嫁いだことでした。そこで発酵と出合い、興味を抱いたことでパンの学校に通いはじめます。3年間みっちり学んだあと、得た知識を活かしたいと自ら教室を主宰。口コミで評判を呼び、やがてパン屋を営むように。「もともと何かを手がけたいという思いを持っていましたが、学校に通うようになってその気持ちは明確になりましたね。経営ノウハウも同時に通信教育で学びました。それでも、まだ先に何かがあると確信していました」と石川さん。
ところが、忙しくなると仕事と家庭の両立が難しくなり、精神的にも疲れ、悩んだ末に一度初心に戻り、すべてをやめることを決意します。といっても、このときパンへの情熱は消えることなく、当時はまだ珍しかったハード系のパンを出すパン屋で働きはじめました。石川さんはこう振り返ります。「人生において大きな谷に落ちたとき、そこを抜け出す一番の方法は環境を変えることです。間違いや失敗に固執して自分を責めるのではなくてね。フランス語には『ページをめくる』といういい表現がありますが、過去を抹消するのではなく、ページをめくるんですよ」。
フランスでの修行経験があるオーナーから、「この道を進みたいなら本場の粉を、フランスの粉を見るべきだ」といつも聞かされていた石川さん。その助言を受け、3か月の予定で渡仏を決意しました。ここからフランスにおける石川さんの人生がスタートしました。やがて職人としてポジションを任され、短期の予定を延長。フランスでの生活は、「最終メトロで仕事に行って朝9時に上がり、そのままフランス語のレッスンへ。仮眠して夕方はバイトという暮らし。お金を貯め、3か月に一度は必ず子どもたちに会うために帰国していました」と話すとおり、寝る時間を削って必死で働いたといいます。努力は実を結び、渡仏から1年後、フランスで起業して今に至ります。
2007年にパリで1号店をオープンしてから18年。今も「パン職人」の自分を大事にしている。その日の気温や湿度を考慮しながら水分量やこね具合、焼き時間を調整して焼き上げる。
明確な目標を抱き、チャンスは試し、諦めないがマイルール
ここにまで至ったのは、「チャンスが巡ってきたときには乗ってみた」という石川さんの行動の結果。「一番もったいないのは、チャンスを見過ごすことです。とりあえず1回乗ってみて、試してみる。いいと思ったら乗り続ければいいし、だめだと思ったら次の駅で降りればいい。たとえ利益がなさそう、感性が合わないかも…といったマイナスな要素があったとしても、新しい目標ができるかもしれないし、何かが待っているかもしれません」。
とはいえ、チャンスをつかむのには勇気が必要なことも。石川さんによると、一番大事なことは「自分に責任を持つ」こと、つまり「腹をくくる」ことだといいます。うまくいかないときは、人のせいではなく自分の判断ミスだと捉えるのです。「失敗から学ぶことは成功から学ぶことよりも多い。『失敗は成功のもと』といいますが、本当にそう。まずはやってみる。それしか前に進む道はありません。失敗を繰り返すことで消去法を学べる。自分の引き出しが増えて、いいことだらけです」。
また、チャンスを見逃さないために、石川さんは10年単位で目標を定めています。「先の目標を明確に持っていると、チャンスが巡ってきたときの感度がおのずと高くなります」。目標や夢は頭の中に留めるのではなく、書く、口に出す、人と共有すること。そうすると、最初は夢物語だったものが、不思議とチャンスも増えて現実味を帯びていくそう。「目標を達成したときのことを想像して、自分を鼓舞していました。努力することで未来は変えられます。自分を信じて自信を持つことも大事です」。
「決して諦めない」がマイルールで、後悔しない自分になるために「すべて100の力で臨む」という石川さん。若いときは「どうやって世の中に存在を知ってもらうか」を考えていましたが、今のエネルギーの源となるキーワードは「未来につなぐ」こと。「地球環境が悪化する中、『自分が携わる仕事で世の中にどういう影響を及ぼせるか』『仕事や行動から未来へどうつないでいけるのか』というテーマを持って、食の分野でできる取り組みをしています。これが、今のすべてのモチベーションにつながっています」。
会社が大きくなっても社員とできるだけ会話し、人間関係の構築を心がけている。海外で活躍するのに大事なことは言葉だと断言する石川さん。「言葉は文化だから、それを理解しないと成功はありません。日常の中で何となく習得ではだめ。きちんと勉強することが必要です」。
仕事もプライベートも、女性が女性として輝ける時代はもうすぐ
フランスに渡った当初、生活は貧しくとも、心と精神は解き放たれて自由だったといいます。というのも、日本で経営者として奮闘していた頃は完全に異端児扱いで、「女性なのに、なぜ会社なんかやるの? 子どもたちはどうするの?」と言われ続けていたのだとか。フランスでは彼女の行動を疑問視する人は皆無でした。「昔に比べると日本も女性が社会に出ることを拒まれない時代になりました。けれど、女性が女性として生きながらキャリアを積める環境はまだ整っていません。フランスでは女性の約7割が働いていますが、結婚しても子どもを持っても普通に働ける社会環境が整っていて、ストレスなくキャリアを積めます。日本ももっと社会環境が整えば、女性の社会進出が当たり前の時代になりますよ。もうすぐだと思います」。
キャリアを積むことが人生のすべてではないし、子育てをして家を守るのも大切な役割だということは認識しつつも、日本の女性は「キャリアを積んで自立したい」「世の中の役に立ちたい」という意識が低いように感じることがあるといいます。「私の経験から、マルチタスクを最大エネルギーで対応できるのは、20代から30、40代前半がピーク。この間の行動でそのあとの人生が決まると思ったら、その時期に全力で走ってみるのも悪くないはずです。私もあと10年は走りたいですね」。
今後はアーティストとしての活動にも力を入れたいという。「50歳を目前にしたときに、仕事イコール私生活で、休みは1日もないという生き方を変えなくちゃと思ったんです」。週末は休むと決め、好きで描いていた絵の勉強を本格的にスタートさせた。
<メゾン・ランドゥメンヌ>
Raisiné レジネ 1,100円(1個/日本製)
伊勢丹新宿店限定
石川さんが酵母を研究していた30年前に、当時のシェフと開発した思い入れのあるパン。自家製ブドウ酵母の2番種を使い、酵母のみで発酵させて焼き上げた。ブドウ酵母の香りを楽しんで。
販売期間:3月5日(水)~3月18日(火)
□伊勢丹新宿店本館地下1階食料品 デリ エ ブーランジュリー
撮影/吉田タイスケ
取材・文/荒巻洋子
制作/ハースト婦人画報社 HEARST made