生地に残る誰かの痕跡。通ってきた時間を想像する喜びがきっとある<ミナペルホネン>皆川 明氏

生地に残る誰かの痕跡。通ってきた時間を想像する喜びがきっとある<ミナペルホネン>皆川 明氏のメインビジュアル

伊勢丹新宿店が主体となり、株式会社ヤマサワプレスが所有する約20トンもの<リーバイス® 501®>ユーズドストックを国内外のブランドやアーティストたちがアップサイクルしていくプロジェクト「デニム de ミライ~Denim Project~」。
ヤマサワプレスで丁寧に洗いにかけられた唯一無二のデニム生地に、新たな命を吹き込んだデザイナーたちのもとへ、プロジェクトの発起人たちがクリエーションの背景を知るべくさまざま視点で語り合います。
初回は、1995年の創立時から「せめて100年続くブランド」を理念に大切に育て、世界中から称賛を受けるブランド、<ミナ ペルホネン>の皆川 明氏を訪ねて白金台のアトリエへ向かいました。
:ユーズドストック=着用されたデニムパンツ・デニム生地

  • 皆川 明氏のプロフィール画像

  • 皆川 明氏

    <ミナ ペルホネン>

    1995年に<minä perhonen> の前身である<minä>を設立。ハンドドローイングを主とする手作業の図案によるテキスタイルデザインを中心に、衣服をはじめ、家具や器、店舗や宿の空間ディレクションなど、日常に寄り添うデザイン活動を行っている。デンマークの<Kvadrat>、スウェーデンの<KLIPPAN>などのテキスタイルブランド、イタリアの陶磁器ブランド<GINORI 1735>へのデザイン提供、新聞・雑誌の挿画なども手掛ける。

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  • 神谷 将太

    伊勢丹新宿店 リ・スタイル バイヤー

    2021年に25年周年を迎えたリ・スタイル。最新コレクションからヴィンテージまで、国内外のブランドを衣服に限らず独自のコンセプトで編集・発信しつづける、スタイリングショップ。一人ひとりの価値観・生き方というスタイルに、美しい選択を提案していく。

新しいプロジェクトのはじまり

伊勢丹新宿店 神谷(以下、神谷):竹ノ塚(ヤマサワプレスの所在地)にいらっしゃったのが暑い季節だったと記憶しているので、初めてお話ししたのが昨年の6、7月だったかと。改めて、このプロジェクトへのご参加の理由を教えていただけますか?

皆川氏:まず大量の<リーバイス® 501®>のユーズドストックを日本の方が見つけて再利用していこうという気概ですよね。漠然とこれを捨ててはいけないという想いで日本に持って来られて。(ヤマサワプレスに)お訪ねしたときに一本一本丁寧に洗っている姿を見て、こういう地道なところから何かが始まっていくというのはとても素晴らしいと思ったのです。アメリカに集められたユーズドストックが日本で新しいクリエーションと繋がっていく感じがとても新鮮でした。これからはいろいろな方法論で環境のことやものづくりについて考えていかなければいけない時代。キレイな言葉でコンセプトを伝えるというよりも、関わることで自分たちにも何か気づきがあるのではないかなという想いがありました。

皆川 明氏の画像

神谷:もともと皆川さんの中に根付いている“無駄にしない”というお考えについてもお伺いしたいです。

皆川氏:単純に材料を無駄にしないというよりも、余ったものの可能性を見るっていうのは結構楽しいことです。大義名分的なことで何かを解決しようとすると、あまり続かないのではないかという想いもあって。それ自体がとても自然なことであって、やればやった成果が喜びとして現れるのだということがすごく重要かなと思っています。

神谷:あのデニム生地を見たときに、ものづくりの構想は瞬間的に湧くものなのでしょうか?

皆川氏:もともとは単体のデニムアイテムとして存在していたものを一回解体して、再構築するという点ではとても面白い作業になりそうだなと思いました。多様なデニム素材を繋ぎ合わせて出てくる景色はそれぞれ違っていて。工業製品で画一的にものを作っているのとは違う、固有のものができてくる楽しさがあるかなと思います。

繋がりが、これからの多様性を育んでいく

神谷:今回の「デニム de ミライ」は“紡ぐ”をテーマに、人や時代・記憶・地域・幸せなど、さまざまな事柄を繋いでいくことに臨んでまいりました。約2年前に東京都現代美術館で行われた展覧会『ミナ ペルホネン/皆川明 つづく』の中で、持ち主のエピソードとともにお客さまの実際の洋服を展示されていましたよね。洋服の一つひとつにストーリーがあって、多くの方々が感涙していたのが記憶に残っています。“紡ぐ”ということについてどのような想いをお持ちですか。

皆川氏:物質は生活を豊かにしますが、決して製品だけが幸せを生み出すのではなくて、作るという営みにも喜びがたくさんあります。『ミナ ペルホネン/皆川明 つづく』展でもあったように、暮らしは物質から記憶に戻る場所でもあります。アイデアやイメージは暮らしているうちに浮かんでくるもので、それがやがて物質になって、またそれを使う人の記憶に還っていくのが面白い循環だなと思っていて。物質的な持続可能性や循環ということ以上に、人の感情と物質がどう繋がっていて、どう循環しているかということも、これからの大切な課題かなと思っています。

皆川 明氏の画像

皆川氏:今回のプロジェクトに関しても、デニム生地の色落ちした姿とか、呼び名としては汚れとして呼ばれるようなことも、誰かの作業や生活の痕跡だと思うと見方がかわってくる。ものを観察して、通ってきた時間を想像するっていう喜びがきっとあるだろうなと考えますね。

神谷:そうですね、ヤマサワプレスで見たデニム素材に緑のペンキがついていたりすると、このデニム生地の持ち主はガレージが緑だったのかなとか想像するのも楽しかったです。

神谷 将太さんの画像

皆川氏:これからの人の社会では、計画的なことによって生まれる結果ではないことであっても、いろんな状況や事柄を紡いでいくことが一つの多様性なのかなと思います。そういったことを“紡ぐ”というキーワードで皆さんが感じられたら良いなと思いますね。

神谷:今回制作したデニム生地に<ミナ ペルホネン>のシグネチャー柄である“tambourine”を施していただきましたね。

皆川氏:“tambourine”は2001年から作り始めた柄で、もう20年以上になります。ファッションが1シーズンで終わっていくことへの疑問から、人はもっと長く一つのデザインを愛せるのではないかということの実証実験というか、長く作ってみようっていうことをずっとやっているのです。
“tambourine”で目指しているのは大量生産ですけれど、それは適正な量を長い年月をかけて大量にしていくということ。それによって、工場の人は安定的な仕事を得て、お客さまにも必要な分だけを届けることができる。現在の大量生産は、余ったものを大量に捨てることによって悪いもののように聞こえていますが、その解釈を変えるということにも“tambourine”への想いがつまっているのです。そのようなことを今回のプロジェクトに当てはめるといろいろな意味が生まれるのではと思っています。

神谷:僕たちも初めて“tambourine”の刺繍工場にお邪魔して見学させてもらいました。皆さんの丁寧な作業に驚きました。15メートルぐらいの機械で一気に刺繍を施す生地制作の中ではさまざまな課題があったのではないでしょうか。

刺繍工場の画像
<ミナ ペルホネン>のシグネチャー柄である“tambourine”を施す工場
刺繍工場の画像
“tambourine”の刺繍工場の様子

皆川氏:デニム生地は丈夫な素材ですので、刺繍の針を通すのにはとても苦労がかかるのです。特に、はぎ合わせたところは縫い代があるので針通りがとても難しい。クロスした縫い代では針が折れてしまうので、縦針だけのパッチワークをお願いして、ようやく刺繍ができました。

皆川 明氏の画像

皆川氏:刺繍工場がいろいろな工夫をしてくれて、縫い代の厚い部分をちゃんと刺せるようにしたり、上手く刺せないところは人の手で補修してくれたりして。課題があるっていうことはやりがいにも繋がり、解決の方法も分かったのでとても良かったなと思います。

刺繍工場の職人さんの画像
機械でできない箇所は職人の手仕事で
刺繍工場の職人さんの画像
職人の手作業で補修している様子

神谷:職人の皆さんの努力を知ると、さらに特別な想いが沸きます。

長く愛用し続ける日用品を求めて

神谷:完成したクッションとバック、アルテックさんとご一緒されたスツール60にはどのような想いがあったのでしょう。

神谷さんがクッションを持つ画像

皆川氏:どなたでも日常に取り入れられるように、自分たちの代表的なエッグバックやトートバッグ・クッションを作りました。特別なこととしては、アルテックさんは「One Chair is Enough(一つの椅子で十分)」というコンセプトで普遍的なデザインの代表として『スツール60』を紹介されているので、それと今回のプロジェクトが重なるところがあると思ったのですよね。長く愛用していくということでいうと、デニム生地や伊勢丹や私たち、関わっている人たち全員が共通理念として持っていることなので、ものづくりのゲストとしてアルテックさんが加わっていただけたら良いなと思いました。

エッグバック・トートバッグ・クッションの画像
完成したクッションとバック 
スツール60の画像
完成したアルテックの『スツール60』

神谷:ものづくりをする上で、工場の皆さんとはどのような関係性を心がけていらっしゃいますか?

皆川氏:僕たちはものづくりのプランを作る会社で、そのプランは使う人に喜んでいただくということと、同時に作る人にとっても作る喜びがあるということだと思っています。その両方の総量をなるべく大きくすることがデザインの役割だとも思っています。
工場もお客さまやデザインする側の気持ちを喜ばせてくれるような、三者がそれぞれの喜びについて意識し合うというのがすごく大事なので。そんな関係性が生まれるところとお付き合いして、長い年月お互いをケアしてやっていく、という風にしたいですね。

皆川 明氏の画像

ものを通して小売が繋ぐ幸せのループ

神谷:これからのファッションの未来について。皆川さんが僕たちのような小売に対して望むことは何かありますか?

皆川氏:幸いにも、僕たちは伊勢丹さんとは企画から一緒にものづくりをしてお客さまに届けることができています。そのように、百貨店さんやメーカーさんが協業するようにものを作って、お客さまにお届けできれば良いなと思います。百貨店さんとでしかできない色んなものやつながりによって新しいことに気づきながら、それを作っていけたら良いなと思います。

皆川 明氏の画像

神谷:皆川さん!ありがとうございました。

text:Yuka Sone Sato