
ブランドやプロダクトが気になったとき、もっと深く知りたくなるのがデザインに込められた想いやデザイナー自身のこと。そんな「ブランドの人となり」に伊勢丹新宿店の装身具バイヤーが切り込む連載企画。今回は<shinkai/シンカイ>のデザイナーの眞貝瑞季さん。やりたいことをやっていると、そこに時代が寄り添ってくる。なかなか真似のできない稀有な才能の持ち主です。

コツコツと作業に没頭するような仕事をやりたかった

バイヤー:眞貝さんはブランドを立ち上げる前からジュエリー業界は長いですよね。
眞貝:起業前はジュエリーの加工などを手がけるフリーランスの職人でした。ブランドからの依頼でカジュアルなコスチュームジュエリーからハイジュエリーまで、量産物から一点物までかなり幅広く10年以上やっていました。
バイヤー:そうだったのですね。ご自身のブランドをやっていこうと思ったのはどうしてですか。
眞貝:職人の頃は下請けですから基本的にはデザイナーの意見を尊重するのですが、ところどころで「もう少しこうしてみたらどうだろう」という思いが生まれ始めたんです。それは自分の色を出したいというわけではなくて、純粋にもっと素敵なジュエリーにできるのではという思いでした。
バイヤー:眞貝さんの考える「素敵なジュエリー」とはどんなイメージでしょうか。
眞貝:素材の活かし方や表現したい想いにもっと近づけるといったことです。自分は作ることが好きなので、デザイナーの意見に従って手を動かしているだけでも十分に満たされていたのですが、「自分ならこうする」という気持ちがどんどん大きくなって、それでブランドをスタートさせた感じですね。
バイヤー:昔からジュエリーには興味があったのでしょうか。

眞貝:ジュエリーに限らず古物に興味があって、モノを作ることも好きでした。机にかじりついて黙々と作業に没頭するような仕事がやりたかったんです。世代的に中学生ぐらいの頃にシルバージュエリーのブームを経験していたこともあったのでジュエリー職人というのを思いついて学校に入ったのですが、自分に合っていたようでのめり込みましたね。ですが卒業しても企業に所属することもせず、若いからどうにかなるだろうぐらいの気持ちでフリーランスになりました。
当初の予定よりも大きく早まった<シンカイ>の立ち上げ
眞貝:最初に取り組んだジュエリーはジュエリー学校時代の先生からの伝手でした。新たにジュエリーブランドを立ち上げるというデザイナーが職人を探していて、キャリアよりも若い感性がほしいというのが希望だったようで、先生もフラフラしていた僕に声をかけやすかったんでしょうね(笑)。
バイヤー:ジュエリー職人というといい意味での頑固さも持ち合わせているような方が多い気がしますが、眞貝さんからはそれを感じないです(笑)。

眞貝:「自分の持ち味に反する依頼は受けない」ということは確かにないですね。常にクライアントが求めることに対して、どこまで高みを目指せるかというスタンスでした。ただ「自分ならこうする」がどうしても出てくるようになったんです。
バイヤー:それが<シンカイ>の立ち上げにつながったのですね。
眞貝:ジュエリーブランドとして起業はしましたが、<シンカイ>はもう少し後なんです。初期はメンズテイストの強いジュエリーを作っていました。<シンカイ>はパール、ダイヤモンド、ゴールドを基調としており、その素材で雰囲気のあるジュエリーを作るという構想は25歳ぐらいの頃からあったのですが、資本も必要なので老後の楽しみとしてアイデアは温めていたんです。それが結婚をして子供が産まれて自分を取り巻く環境が大きく変わったことで、やりたいことがあるなら早めに着手したほうがいいと思って35歳のときに現在のようなジュエリーを作り始めました。
バイヤー:眞貝さんにとってジュエリーデザイナーとしての独立というのは、初期のメンズジュエリーと<シンカイ>ではどちらの方が意識は強いのでしょうか。

眞貝:それは<シンカイ>ですね。ジュエリーのスタイルは今と同じでもブランド名も以前は違っていて、蔵前にショップ兼工房を移したタイミングに合わせて<シンカイ>としたので、そこから自分がやりたいジュエリーを本当にスタートさせたという思いが強いです。
デザインは急に降りてくることが多いので再現は難しい
バイヤー:私が眞貝さんとお話をしていていつも魅力に感じているのは、気負いもなく、力が入りすぎていることもないところです。こんなに繊細なジュエリーを作られているのにそれも淡々と生み出しているというか。
眞貝:ジュエリー作りに全力を注いでいるせいか、その反動でそれ以外のことは力が入っていないように見えるのかもしれないですね。
バイヤー:眞貝さんの奥様から「これと同じデザインのジュエリーを作ってほしいとリクエストしても、全然違うものができあがる」と聞いたことがあります。それも一点一点のモノづくりに集中しているからですか。
眞貝:飾り立てていないけれどこなれ感のあるジュエリーを作りたいんです。だから強すぎない、無理しないことを意識しているのでデザインも「降りてくる」としか言いようがないんです。僕と素材の対話から生まれてくるもので、自分でも毎回どんなデザインになるかわかっていないところもあります。テーマを決めていても制作しているうちに急激な方向転換というのもよくあることです。なので再現性というのが難しいんです。

バイヤー:私は<シンカイ>の新作を拝見するのを楽しみにしているのですが、それは驚きと意外性があるからです。パールといえば真円を思い浮かべるかもしれませんが、眞貝さんは規則性のないちょっと歪なパールを見事にエレガントなジュエリーに仕上げますよね。「この形の素材をこんな風に活かすのか‥、次はどんなジュエリーができあがってくるのだろうか‥」と毎回ワクワクしています。
眞貝:パールの形を選ぶのも完全にフィーリングですね。ピンとくるか来ないかというのが大きいので、素材としては魅力的でも何年も手をつけていないパールもあります。逆に出会った瞬間から作りたくなることもあります。ひらめきのようなことを強調していますが、僕は決してアートを作っているつもりはなくて、身に着けたときに馴染むジュエリーを作っています。あくまでも使うための商品です。
バイヤー:デザイナーズジュエリーはアート性と実用性のバランスが特徴のひとつですよね。

眞貝:僕が作っているものは飾るものではなくて、使うものですからね。ちょっと振り切ったデザインをしたらこんな方は喜びそうだなと思いながら作ることもありますが、パール、ダイヤモンド、ゴールドというのは少し高級感もあるので、あえてゆるさや抜け感みたいなものは大事にしています。
バイヤー:<シンカイ>のファッションジュエリーを選ぶお客さまは、さまざまなジュエリーを楽しんできた上級者も多いと思います。そういった方には、ちょっと遊びのあるデザインが新鮮に映るんだと思います。
眞貝:たくさんのジュエリーを見てきたという意味では伊勢丹新宿店のお客さまはまさにそうだと思うので、その伊勢丹新宿店で<シンカイ>を取り扱っていただけるのはうれしいことです。
変形パールの欠点を補うことで生まれるデザインもある
バイヤー:<シンカイ>といえばパールが象徴的ですが、眞貝さんのパールへのこだわりなどはありますか。

眞貝:パールが好きなのは6月生まれの僕の誕生石だからなんです(笑)。あるとき養殖業者の方から変形したパールは売れなくて粉にして化粧品にするぐらいしか使い道がないと相談されたんです。それでジュエリーを作ってみたら凹凸があったり、アシンメトリーであっても、それが個性と見てもらえる時代になっていたこともあり意外と反響がありました。変形パールを活かす、あるいは欠点を補うことで生まれるデザインというのもあって、身に着けている方にはそこまで説明はしないですけど、自分としては「いいのができたな」と毎回のように密かな満足感があります。
バイヤー:価値がないとみなされているパールを活かすのは素敵な考え方ですね。パールといえば以前はフォーマルで身に着けるイメージが強かったですが、現在はファッションジュエリーとしても多く登場していていますよね。その中では<シンカイ>は先駆け的な存在だと思っています。

眞貝:狙っていたわけではないですけど、たまたまそうなったというか(笑)。パールが歪だったら身に着ける側もカジュアルに楽しみやすいのか、自分が想定してたよりも若い世代のお客さまが<シンカイ>を選んでくれている印象はありますね。
バイヤー:若い世代でいえば<シンカイ>のブライダルコレクションはすごく人気ですよね。
眞貝:それも最初からブライダルを強く意識したわけではないんです。もともとペアリングが好きだったので日常に溶け込むようなリングを制作したい思って作っていたら種類が増えていき、それがいつしかブライダルコレクションのカテゴリーになった感じです。
バイヤー:<シンカイ>のジュエリーは素材はハイクラスでもデザインは気負いがなくて、若い世代にとっては背伸びの加減が心地いい気がします。実際に私も同世代から「<シンカイ>が気になる」と言われることがすごく多いです。“程よい抜け感”が今の時代の価値観、空気感ともマッチしているんだと思います。

<シンカイ>という個性をしっかりと確立していきたい
バイヤー:眞貝さんにとって伊勢丹新宿店のお客さまはどのような印象ですか。
眞貝:ジュエリーに限らずですけど、ファッションは攻めてる方が多いですよね。<シンカイ>のジュエリーも他店とは売れ方が明らかに違っていて、伊勢丹新宿店ではエッジの効いたデザインの人気が高いです。それはイメージ通りではありますけど。

バイヤー:素材は王道でもひねりの効いた<シンカイ>のジュエリーは、伊勢丹新宿店のお客さまの感性にかなりフィットしていると思います。<シンカイ>のファンは所有するジュエリーコレクションにないものをさらに選べる余裕がある方が多いような気がしていて、そんな方ほど「身に着けています」ではなくて「添えています」という感じで楽しんでいます。
眞貝:ジュエリーブランドとしては知名度はまだまだですから、そこに飛び込んでこられるのは間違いなく気持ちに余裕がある方ですよね(笑)。スタイリングも<シンカイ>のジュエリーで完成させるのではなく、お手持ちの洋服や雑貨といろいろ組み合わせて楽しんでほしいというのをブランドのメッセージとしています。
バイヤー:ブランドの今後というのはどのように考えていますか。
眞貝:このまま<シンカイ>という個性をより明確に確立していきたいと考えてるぐらいで具体的には特にはないですね。ただ海外にトライはしてみたいとは思っています。
バイヤー:<シンカイ>はデザインに“程よい抜け感”があるのでパールジュエリーの入門としてもトライしやすいですし、他とは存在感も異なるので上級者にもおすすめです。最後に三越伊勢丹のお客さまに「<シンカイ>をこんな風に楽しんでほしい」などのメッセージをいただけますか。
眞貝:ブランドとしてはハンドクラフトの精度を追い求めて、僕も自身を追い込むぐらい技巧にこだわっているのですが、ぱっと見ではそれがわからないぐらい美しさが前に出る作品でありたい。ベーシックは楽しみ尽くしたから、ちょっと変わったジュエリーを身に着けたいと思ったとき、なんとなくぐらいの気持ちで<シンカイ>を選んでもらえたらうれしいですね。

眞貝瑞季
1976年、東京生まれ。studio IMURA主催の井村裕司氏に師事し、さまざまなジュエリーブランドのデザイン、制作に携わる。2013年に<RICO by mizuki shinkai>をスタート。2020年2月にブランド名を<shinkai>に変更し、「shinkai flagship shop KURAMAE」をオープン。2022年3月、伊勢丹新宿店にオープン。