
フランスでは「ブーランジュリー=パティスリー」という看板をよく見かけます。これは一つの店でパンだけでなく、生菓子、ヴィエノワズリー、マドレーヌなども作っているという形態のこと。複合店で作られるお菓子には、どんな特徴があるのでしょう?
フランスのロワール地方・アンジェに本店を構え、パリのほか、日本にも店舗を構える「ル・グルニエ・ア・パン」は、今年9月に菓子部門のみを独立させた<ル・デタイユ・デュ・グルニエ・ア・パン>を伊勢丹新宿店に出店しました。
バゲット用の小麦でも、ホロホロの食感が生まれる
日本だと通常、パン(バゲット等ハード系)を作る際には強力粉を、焼き菓子等を使う際には薄力粉を使います。なぜなら、焼き菓子に求められるのはサクサクと軽い食感のものが多いからです。
「フランスのブーランジュリーで、ヴィエノワズリー(甘いパン)やケーキを作るところはありますが、ビスキュイなどフール・セックまで作っているところは少ないと思います。大きなパルミエ(ハート形のパイ)や、しっとりとしたクッキーを少し作っている、ぐらいが多いのではないでしょうか」
<ル・デタイユ・デュ・グルニエ・ア・パン>シェフ・パティシエの富澤祐亮さん。2005年に中野「季の葩(ときのは)」で修業を始め、08年に渋谷「VIRON」へ。11年に渡仏しアンジェの「ル・グルニエ・ア・パン」に。13年帰国し、「ル・グルニエ・ア・パン」日本店オープン時よりシェフを務める。
「『ル・グルニエ・ア・パン』は、オーナーシェフのミッシェル・ガロワイエが菓子職人からキャリアをスタートしているので(前身はパティスリー『ル・トリアノン』)、お菓子の比率はとても高かったです。僕がいたアンジェの本店は、店に入ると大きなケーキ用ショーケースがあり、何も知らずに入ったらケーキ屋に見えたと思います。ブーランジュリーにはめずらしく、フール・セックも売っていました」
フール・セックとは「窯で乾燥させた焼き菓子」のこと。サブレやムラング、ガレット・ナンテーズなど、しっかり焼き込んだビスキュイやパイのことを指します。マドレーヌやフィナンシェ、ケークなどは「ドゥミ・セック」(半生菓子)と言われ、焼き菓子の中でも区別されています。
<ル・デタイユ・デュ・グルニエ・ア・パン>がブーランジェリーでもあることを強く印象づけるのは、材料の小麦粉。同店で使う小麦粉は、ほぼ100%フランス産のパン用小麦、VIRON社の「ラ・トラディション・フランセーズ」なのです。これは通常、バケット用に使う小麦粉で、日本の分類では中力粉~強力粉にあたります。「口どけの良い食感が欲しい焼き菓子に、バゲット用の小麦は普通選びません。でもフランスのグルニエ・ア・パンでは、お菓子は全てこの粉」。と富澤さん。強力粉は薄力粉に比べてグルテン含有量が多いので、加水すると粘りが強くでます。そのため、口の中でほどけるようなサブレ生地には、通常はグルテン量の少ない薄力粉が使われます。ではどうして「ラ・トラディション・フランセーズ」でホロホロの食感を作れるのでしょうか?「なぜなら、この粉は通常バゲットで使われる小麦粉よりも粒子が粗いんです。ですからグルテンが出にくく、ホロホロとした食感になる。サブレ・バニーユなども本当にサブレ=砂のようにサラサラです」
副材料を多く使用するお菓子店で忘れられがちなのが、小麦の味です。対してパン屋の肝は、小麦の味と香り。「ラ・トラディション・フランセーズ」を使ったお菓子が焼き上がったときの小麦の香りと風味の独特さ、力強さたるや! 粉を食べる、という意識をより強く感じるお菓子作りは、パン店ならではの材料選びによるのかもしれません。
VIRON社の「ラ・トラディション・フランセーズ」。フランスの「グルニエ・ア・パン」も、パン、ヴィエノワズリー、フール・セックとも全てこの小麦粉を使う。
フール・セックの形は菊型がクラシカル
フール・セックの抜き型は、菊型が伝統的。これはまさにフランス伝統菓子の型といいます。「フランス菓子店の工房には必ず、この菊型のセットがあると思います」と富澤さん。
型で生地を抜くことを「デタイエ」という。ブーランジェリーからお菓子を「抜き取った」ことから菓子店の名前は<ル・デタイユ・デュ・グルニエ・ア・パン>とつけた。
「なぜ菊型なのか?丸型だとゆがみが目立ったり、割れやすい。菊型は実は強いのです。鍋も鎚目(つちめ)がついている鍋のほうが、強度がつきます。それと同じ原理だと思います」
<ル・デタイユ・デュ・グルニエ・ア・パン>で作るフール・セックは、フランスで食べられているものと同じルセットで、フランスとの“味の温度差がないもの”を意識して作られています。フール・セックの詰め合わせ缶には、食感の違い、味わいの違いなどバリエーションの広さを意識して、パルミエ、ガレット・ナンテーズ、サブレ・フロマージュ、キッフェル、スペキュロス、ムラング・ココなど、伝統的なフール・セックが詰まっています。
ビスキュイ・シャンパーニュは通常はしっとりとしたテクスチャーだが、カリカリの食感を目指した。富澤さんの修業先であるVIRONで先輩から教えてもらった作り方。
蒸気を飛ばして、しっかり焼き切る
<ル・デタイユ・デュ・グルニエ・ア・パン>のアトリエには平窯(デッキ・オーブン)があります。これは熱源が上下の2箇所に設置された、フランスパン焼成によく使われるオーブンです。
「最近は焼きムラがなく、蒸気のコントロールもできるコンベクションオーブンを焼き菓子に使うところが多いですね。グルニエ・ア・パンでもヴィエノワズリーはコンベクションを使っていますが、フール・セックは平窯を使って焼いています」
焼き始めに、オーブンの扉にフォークを挟み、蒸気を逃すための隙間を作ります。
こうして生地から出てくる蒸気を抜き、乾燥させながら焼き、蒸気が抜けたらフォークを抜き取り、密閉させて焼き切ります。この焼き加減の見極めや窯のコントロールが、フール・セック=「窯で乾燥させた」焼き菓子の出来を左右する、職人技のひとつといえるでしょう。
絞りだしで作るサブレ・バニーユ。通称はサブレ・ヴィエノワと言われているもので、このレシピはフランスの伝統的な造り方。
フランスのブーランジュリー=パティスリーでよく見られるお菓子の一つにフランがあります。バート・ブリゼ(甘くないタルト型)にカスタードクリームのようなフラン液を流し込み焼き上げたもので、焦げた表面とプルプルの弾力ある生地、サクサクのパート・ブリゼが楽しめるお菓子。フランスでは中世時代には既に作られていたと言われる古典菓子。郷土菓子のファーブルトンもフランの一種といわれています。
フランスのフラン生地は弾力があるものが主流ですが、<ル・デタイユ・デュ・グルニエ・ア・パン>では牛乳を一部生クリームに変えることで硬さの中にも滑らかな食感を出しています。「そのほかは、作り方も材料もフランスと変わりませんね。フランスで召し上がったことのある方が懐かしい味と言ってくださいます」と富澤さん。
焼き上がりのフラン。型を外すとフルフルとプリンのように揺れ、なんともおいしそう!
「フラン パリジャン」 1,426円
カスタードのアパレイユ。塩味のブリゼ
■本館地下1階=カフェエシュクレ
フランス伝統菓子を継承しながらパン作りの技術や知見を取り込み、日本の食べ手に届けられる味を探求するという<ル・デタイユ・デュ・グルニエ・ア・パン>。これからも、まだ知らないフランスのお菓子文化を“デタイエ(型抜きする)”して届けてくれそうです。
(写真上)フールセック缶(小) 1,944円
クッキー6種入(スペキュロス、ガレットナンテーズ、ムラングココ、パルミエ、サブレフロマージュ、キプフェル)計 130g
(写真下)フールセック缶(大) 3,456円
クッキー10種入(スペキュロス、ガレットナンテーズ、ムラングココ、パルミエ、サブレフロマージュ、キプフェル、ザブレショコラ、サブレバニーユ、クロックアムール、ビスキュイシャンパーニュ) 計 260g
■本館地下1階=カフェエシュクレ
Photo: Yu Nakaniwa
Text: Reiko Kakimoto