
もっとみんなに知ってもらいたいブランドがある。伊勢丹新宿店本館2階のリ・スタイルTOKYOのバイヤーの﨑谷由衣が大好きなデザイナーさんに会いに行く連載企画。今回はデザイナーの久保嘉男さん、ディレクターの内田志乃婦さんのご夫婦でやられている<muller of yoshiokubo/ミュラー オブ ヨシオクボ>です。自身もプライベートで愛用し、「一度着れば好きになる中毒性がある」と﨑谷がいう<ミュラー オブ ヨシオクボ>の服には、「哲学」といえるほど久保さんと内田さんの深く強いこだわりが込められていました。

デザイナーの久保さん(左)、ディレクターの内田さん(中央)、リ・スタイルTOKYOバイヤーの﨑谷(右)
「ドレスを普段から楽しもう」というムーブメントを作りたかった
﨑谷:久保さんがデザイナーで、内田さんがディレクターという役割だと思いますが、<ミュラー オブ ヨシオクボ>はどのようにスタートしたんでしょうか。

久保:ブランドをスタートさせたのは15年前ですけど、当時は「ドレスを普段から楽しもう」というムーブメントがないように感じたんです。僕はニューヨークでオートクチュールのアシスタントをしていた時代に「セックス・アンド・ザ・シティ」というドラマが大好きだったので、その世界観がいまの東京にあったらおもしろいだろうとレディスのファーストコレクションとしてドレスを25型作ったんです。最初は<ヨシオクボ>のレディスラインという位置づけだったんですけど、当時から僕はユニセックスという言葉が好きじゃなかったんですよ。お互いを魅了するためにメンズとレディスの服の隔たりはあるべきだという考えで、それで女性を意味する「ミュラー」という言葉をブランド名として<ミュラー オブ ヨシオクボ>を立ち上げたんです。
内田:ブランドを始めたときはメンズラインを含めてスタッフが3人しかいなかったので、服を作るところからお客さまに届けるまでを全員が担当していました。モノ作りの大切さを知るために、工程の最初から最後まで関わろうというのが会社の考え方でもありました。
久保:役割分担でいえばいちばん偉いのはディレクターの彼女ですよ。

内田:そんなことないですよ(笑)。自分の役割としてはやっぱり女性としての感覚だったり、女性目線という部分ですかね。
﨑谷:デザイナーは男性の久保さんですけど、<ミュラー オブ ヨシオクボ>がすごく女性らしさを感じるのは内田さんの役割も大きいんですね。

<ミュラー オブ ヨシオクボ>の軸としてドレスをぶれずにやっていく
﨑谷:最近はドレスコレクションの「ブラックライン」もスタートさせましたけど、あれはどのような発想からですか?

内田:<ミュラー オブ ヨシオクボ>の最初の展示会で発表したのはドレスだけでした。そこからアウターやパンツも展開してきましたが、それもドレスに合うアイテムとしてコレクションに加えたものです。それが15年もやっていくうちにドレス以外のアイテムも豊富になってきました。ブラックドレスだけを取り扱う「ブラックライン」を立ち上げたのは「ミュラーらしさってなんだろう?」とあらためて考えたときに辿りついた原点回帰のようなものです。
﨑谷:私も<ミュラー オブ ヨシオクボ>との最初の出会いはドレスでした。プリーツのドレスは、友だちの結婚式で何回着たのかわからないぐらいです(笑)。リ・スタイルTOKYOで<ミュラー オブ ヨシオクボ>の取り扱いを始めたとき最初は30代、40代のお客さまが多かったんですけど、いまでは幅広い世代にファンが増えています。ブランドとしてはイメージしている年齢層や女性像みたいなものはあるのでしょうか?

久保:それはよく聞かれるんですけど、自分たちのなかにはターゲットというのはないですよ。やっぱりいろんな方に着てほしいという思いはありますから。ハンガーに掛かっている服を手にしてくれた人たちは自分たちでどう着るかもいろいろ決めているはずで、だから僕たちが「こういう人たちに、こう着てほしい」とか言うつもりはないですね。
内田:ずいぶん前の話ですけど80歳近いご婦人が<ミュラー オブ ヨシオクボ>のドレスをずっと着てくださっていて、「お直しをしてほしい」と頼まれたことがあります。そんな方がいらっしゃるってことがうれしかったですし、ドレスを着て気持ちが踊るという感覚は年齢とは無関係なんだと思いました。着ていただいた方が楽しんでくれるなら年齢とかターゲットとかは気にしないですね。
久保:いまの時代はブランドとしても「自分たちはいちばんなにが強いのか」を示す必要があると思っています。ドレスって本当に作るのが難しい服なんです。シンプルに見えても裏地、芯地が使われた構造は機械のように複雑で、僕たちも試行錯誤して他が真似できないようなことを一着に詰め込んでいます。「ドレスを作らせたらミュラーがいちばんすごい」って思われたいですし、ブランドの軸としてドレスをやっていくというのがここ数年の<ミュラー オブ ヨシオクボ>です。
﨑谷:「ブラックライン」が登場したときはリ・スタイルTOKYOでも「気分のあがるドレス」をお客さまから求められているって強く感じていたタイミングでした。
久保:ちなみにワンピースとドレスの違いってわかります?
﨑谷:いや…

久保:僕はオートクチュールをやっていたときは究極まで身体に沿うように細く作っていたんでけど、日本でワンピースというと身体を隠すようなシルエットじゃないですか。その中間のシルエットならドレスアップの日でも、普段の日でも着やすいんじゃないかと<ミュラー オブ ヨシオクボ>の哲学でドレスを作っています。形にも細部にもとにかくこだわっているのでワンピースとは絶対に言わず、<ミュラー オブ ヨシオクボ>で作っているのはすべてドレスです。
﨑谷:<ミュラー オブ ヨシオクボ>の服は「着たときにしっくりくる」っていう感覚があったのですが、やっぱりそれだけの計算があって作られていたんですね。女性の身体がとても美しく見えるブランドだと思っています。
久保:デザイナーの大先輩もいるのでおこがましいかもしれないですけど、デザイン、パターン、生地について服に関してはいちばんわかっていたいですし、極めたいと思っています。なんとなくとか、雰囲気で服を作りたくはないですね。
カワイイよりもカッコイイ、女性が感じるエレガントを表現したい

﨑谷:久保さんと内田さんで意見が食い違ったりすることもあるんですか?
久保:しょっちゅうですよ(笑)。でもリーダーは彼女なので仕様を決めたりするのは任せています。
内田:<ミュラー オブ ヨシオクボ>は「ドレスをデイリーライフに」というのを掲げているブランドなので、時代にあった感覚というのは研ぎ澄ませている必要があるとは思っています。男性が考えるエレガントではなくて、女性が感じるエレガントを提案したくて、カワイイよりはカッコイイを表現したいです。ブランドとしてスタイリングの提案もしますが、それよりも<ミュラー オブ ヨシオクボ>のドレスを自分のものにして着こなしていただきたいです。
﨑谷:4〜5年前だとリ・スタイルTOKYOが提案するスタイリングを上から下までトータルで取り入れるお客さまもいたのですが、いまは個が確立されているので自分の着こなしというものを皆さんが持っているというのはすごく感じます。そういう意味では<ミュラー オブ ヨシオクボ>とリ・スタイルTOKYOのお客さまは親和性が高いように思います。

内田:ドレスのシーンは結婚式やパーティもありますが、リゾートにもかかせないと思っています。<ミュラー オブ ヨシオクボ>ではスイムウェアも作っていますけど、それはサマードレスの在り方としてヘルシーに肌を露出できる 楽しさがあるはずで、そんなドレスのインナーにも合わせられるようにスイムウェアの素材にラフィアを選んだんです。
﨑谷:ラフィア素材はちょっと衝撃でした。初めて見たときは「着たらどんな感じなんだろう」って、私自身も買い付けのときにその場で試着しました(笑)。

内田:私は夏だとTシャツのインナーとしてアンダーウェア感覚で着ていますよ。
久保:そういう新しい提案がファッションの楽しさでもありますよね。<ミュラー オブ ヨシオクボ>は作るまでのプロセスまでもオリジナリティがあると自負がありますけど、世の中に出たらどう着るのかは個人の自由だと思っています。
内田:スタイリングに正解はないですからね。
久保:基本は自由なんですけどパターンをやっていて思うのは、例えばフードってかぶったりすることも少なくて意味のない存在のようになりがちですけど、あれもきちんと顔まわりを演出してくれる立ち方、膨らませ方ってあるんですよ。だから買ってくれた人がまったく違う感じで着ていたら、「僕らが提案したかった着こなしは本当はこうなんです」ってときには言うべきなのかもそれないですけどね。
バイヤーが思う<ミュラー オブ ヨシオクボ>とは着たときの感動があるブランド
﨑谷:久保さんと内田さんはご夫婦でお仕事をされていますけど、お子さまはおふたりの仕事をどういう風に見ているんですか。

内田:長女はスタッフが本当に少なくて忙しかったときに生まれたので育った場所が会社という感じです。モノ作りを近くで見てきたこともありますし、女の子ふたりなのでモデルさんの撮影やメイクには興味津々ですよ。私はアーカイブとして<ミュラー オブ ヨシオクボ>の初期の服を手元に残しているんですけど、10歳になった長女はそれを着たりしています。
﨑谷:お仕事とプライベートはきっちり分かれている感じですか?


久保:ここ数年は変わりましたけど、昔は仕事もプライベートも関係なく働いていました。子どもはいつも会社で遊ばせていたぐらいなので週末もなかったですね。でも、そういうガッツが必要なときもありますから。伊勢丹さんにもずっとお世話になっていて、自分たちができる恩返しといえばディテールのひとつひとつにまで確信をもった服づくりだと思っています。
﨑谷:そういう久保さんの想いを感じていただくためにも、<ミュラー オブ ヨシオクボ>の服はまず一度着てみてほしいとバイヤーとしても思います。シルエットの美しさやシャツの襟の絶妙な開き具合は着てみてこそで、<ミュラー オブ ヨシオクボ>の服が好きなリ・スタイルTOKYOのスタッフは毎シーズンのように買い足しています。それは着たときの感動があるからで、一度着たら好きになるブランドじゃないかなと思います。

久保:うれしい!
内田:うれしいですね。
﨑谷:今日お話しを聞いて、<ミュラー オブ ヨシオクボ>だからこその中毒性(笑)をお客さまにきちんと伝えていきたいと思いました。

﨑谷が2021年の春夏コレクションの展示会でトレンド感がありながら<ミュラー オブ ヨシオクボ>らしさに惹かれたという肩パッドが新鮮なトップス

レイヤードなどスタイリングも自在のニットメッシュのセットアップ。単品での着まわしも楽しめセットアップは<ミュラー オブ ヨシオクボ>の人気アイテム

独自のアプローチでプリント柄を表現したイタリア製の生地。こちらの生地、色柄から派生して2021年の春夏コレクションのさまざまなアイテムのカラートーンが決まったという