
ビニール傘を傘立てに置いてお店から出るとき、自分のものがどれなのか一瞬わからなくなる寂しさ。&ISSUEのディレクター井伊百合子さんは、そんなものとの付き合い方を、なんだか違う気がすると思ってきたそう。
自分の傘をきちんと持って、家まで持ち帰る。大事に扱おうと思ってふるまいも変わっていく大切な傘。玄関を出てパッとさして歩き出せば、気持ちもすこしずつまっすぐ伸びていくような傘を一本持っていたら? 「あたらしいラグジュアリー」を提案するプライムガーデンとスタイリストの井伊 百合子が&ISSUEで提案するのは、雨の日が嬉しくなるような傘です。
老舗傘店<前原光榮商店>のショールームと工房を訪ね、傘の成り立ちや、傘職人が減ってしまっている現状に対する取り組みとして自社で行っている職人養成プロジェクトについて、代表取締役の前原 慎史さんに伺いました。
昭和23年創業<トンボ洋傘 前原光榮商店>
使い勝手だけでなく、さまざまな素材で作られるハンドルの豊かな質感やデザイン、開いたときの生地の張りや閉じたときの佇まい。あらゆる細部にこだわりを尽くして傘を作り続けてきた<前原光榮商店>のショールームは、下町の風情が残る東京都台東区の三筋にあります。豊富なラインナップでお客様を迎え、カスタムオーダーや修理を受け付ける店舗の上層階には、自社の職人が仕上げを行う工房も備えています。
雨だって、いい天気

「私たちは、晴れをいい天気で雨は悪天候、天気が崩れる、と表現したりしますよね。先代の頃から、その価値観を変えていける雨が楽しくなる傘を目指してきました。雨の日には雨の日にしか味わえない趣もあるはず。傘一本で人生のなかにある雨の日を豊かにしたいと思っています」
そう語る代表取締役の前原 慎史さんによると、日本では、1年間に1億2,000万〜3,000万本の傘が売られているものの、約9,000万本は外国製のビニール傘だそう。そんななか、国内の職人の数は減り続ける一方で、この先、心のこもった傘づくりを続けるためには、自分たちで職人を育てていくしかないと考えたそうです。専門学校や、きちんと整った育成のカリキュラムが存在しなかったという傘づくり。技術の継承の拠点として、店舗の上層階を工房に作り替えました。
甲斐織物の職人が織り上げる生地
裁断前の生地と傘の部材たち。分業によって生み出される各パーツが工房で一つの傘に仕上げられていく。
生地の裁断に用いる木型。
現在は製造されていない「単環ミシン」で、裁断した三角形状の生地を縫い合わせていく。
開いた時に張りがあり、閉じたときに美しく束ねられる傘には、繊細な縫製技術が求められる。
「傘の品質は生地の丁寧な裁断縫製によって左右されます。さまざまな部材が集まってできる傘はどの部分も重要ですが、傘の顔となる生地がなによりも仕上がりに影響するんですね。傘を開いたときの快活な音や、生地が弛んだりシワをつくらない張り感、畳んだときにシワが出来ずにまとめられるなど、傘を使うときのさまざまなポイントで生地のクオリティが試されるんです」
技術を受け継ぐため、自社で職人養成プロジェクトを始動
骨と生地をつなげる中綴じという工程を終えて、仕上がりを確認する。
各部材を傘に仕上げる職人は高齢化が進み、このままでは国産の傘づくり途絶えてしまうと危機感を抱いた三代目の前原さんは、昔ながらの技術を熟練の傘職人から、若き担い手へと受け継ぐために自社で職人の養成を始めました。
70年にわたって傘づくりを極めてきた現役の職人による直接指導のほか、傘の歴史を知る座学を取り入れ、技術だけではなく職人としての心くばりや気構え、総合的な見識を受け継いでいくプログラムを構成しました。
今までは、職人になりたい見習いは、とにかく職人の下につくという「丸投げ」の状態になっていたそう。続かずに辞めていってしまう若手も多かったといいます。熟練の職人にヒアリングをしながら文章に起こして、それを現場での学びと連動させることで、基礎となる訓練の環境を整え、今は4人の職人がショールームの上で傘づくりを行えるようになりました。
彫刻作品のような美しい存在感
ディレクターの井伊 百合子さんがこだわった長い手元。8本の親骨の先に付く露先(つゆさき)までブラックに統一した。
<前原光榮商店>のラインナップのなかで特に井伊さんが気に入っていたモデルを、今回のコラボレーションでは、毎日の実用性を考えてやや大きめにするリクエストをしました。ハンドルの手元は楓を黒く塗って長めに。傘の先となる石突も長いものを選び、全体が細く長い、芯の通った佇まいになることを意識したそうです。
「最初のご縁は、撮影のために傘をお借りしようと伺ったとき。いざ、撮影に臨んで、モデルさんに開いてもらうと、前原さんの傘は写真映りがとにかく素晴らしかった。これってすごいことなんです。いろいろなものを日々撮影に使用させていただいていますが、静止画で切り取ったときに、どの角度からも常にフォトジェニックであることは簡単なことではない。物としての完成度がとても高いのだと感じました。そして、置いているときも奥ゆかしい魅力があって、美しい。使わない時間にも、凛とした存在でいてくれる傘だというのも前原さんの傘の特徴です」
雨の日が待ち遠しくなる傘

留め具はスナップボタンではなく、ボタンに輪を引っ掛けて留める仕様に。付属するタッセルは、風の強い日に指に引っ掛けると安定感のある使い心地に。
畳んだ時の長さ 87cm
開いた時の直径 90cm
25,850円
※受注生産につき2023年3月中旬お届け予定

「私は雨は雨で楽しいと感じるタイプですね。自分もそうだけれど、雨の日は装いが変わりますよね。街を行き交う人々の格好を観察するのも好きです。大胆で洒落たレインコートや、可愛らしい長靴。変わったかたちの傘でミステリアスに歩き去っていく人を目で追ってしまったり。傘をさすのも好きですね。傘は人を包む屋根になるので、人のからだに対してシルエットは結構大きい。だからなのか存在感があるし、装いのバランスが変わって見える。玄関に立てたときも美しい前原さんの傘をさして街に出る日がとても楽しみです」

<前原光榮商店>傘 25,850円
※受注生産につき2023年3月中旬お届け予定
Direction & Styling|Yuriko E
Photography|Mitsuo Okamoto (Fashion)
Edit and Text|kontakt