
東北の険しい山で30年かけて伸びる山ぶどうの蔓は、水や乾燥につよく、ともに過ごした時間とともに艶を増して、深く美しい飴色に変化していきます。厳しい自然が育む丈夫さと経年変化の美しさは、和装の手元に添えるバッグのなかで最も上質な素材だとされています。
材料の蔓が歳月を経て成長し、三世代にわたって使い込むことができるとも言われる一生ものの籠バッグへと編み上げられていく工房を&ISSUEのディレクターでありスタイリストの井伊 百合子さんが訪ねました。
山形県米沢市にある<みちのく蔓工芸所>
数日間かけて本体を編み上げ、持ち手を編む工程へと移る。
工房の階段に掲げられた<みちのく蔓工芸所>の信条を表すひとこと。
山ぶどうの蔓で、多種多様な編地やサイズの籠バッグをはじめ、財布といった小物や特注品をも製作する<みちのく蔓工芸所>の工房は冬には深い雪が積もる山形県の米沢市にあります。
山ぶどうの蔓をつかったバッグは、古くは100年以上前、雪深い山村の暮らしを支える農作物を運ぶ道具として使われていたものがルーツ。今は、山の知識を持ち経験を積んだ専門の職人が、冬の間から山に分け入って下見をして、山の地形などを読みながら自生している地域を探し出して収穫を行っています。
東北の厳しい自然を耐え抜く、山ぶどうの蔓
今年の6月に収穫されたばかりの山ぶどうの蔓。陽の差す日は工房の外に並べて乾燥させて水分量を均質にしていく。
収穫は、毎年、梅雨の時期である6月中旬の約2週間のみ。雨を含んで柔らかくなった時期にだけ、高い木に絡みついた蔓を切り樹皮を剥がすことができるのです。車は到底立ち入れない山奥で、道なき道や沢を登る命がけの収穫作業ですが、育成林ではなく、自生する天然の蔓を使っているため、山に実際に入って探し当てなければ収穫はできません。自然に精通した方のみが、1年のなかの短い期間に山ぶどうの蔓に出会うことができるのです。
<みちのく蔓工芸所>では国有林の一部地域から蔓を収穫する。木に絡みつき、生育のさまたげともなる山ぶどうの蔓の伐採は、人と自然が関わりながら共生をしていくための働きのひとつ。
収穫できる蔓に育つまでに、約30年以上
「蔓(つる)」と聞くと、朝顔の蔓など柔らかくしなやかな様子を想像するかもしれません。しかし、山ぶどうの蔓の太さはコーヒー缶ほどもあり、まるで木の枝のよう。梯子を高所に渡して行う作業は危険が伴います。生息地域を探し出す知識と、自然の動向を読み解く職人の「勘」だけでなく、特殊な伐採作業にも技術が求められるのです。
さらに、蔓を見つけたら、そのすべてを収穫するのではなく「成長途中と思われる細い蔓は見送る」という判断も大切だといいます。成長までに長い年月がかかる山ぶどうの蔓をひたすら収穫すれば、その後数年、収穫ができなくなってしまいます。自然の動きをより長い目で捉えて、蔓がどのように成長をしていくのかを見極める視点も大事なのです。
材料となる蔓と、おおよそ50年使い込まれた籠に対面するディレクター・井伊 百合子。
熟練の職人による手仕事で、暮らしの道具に
蔓は、収穫後1年間ほど乾燥の期間を経てバッグへ姿を変えていきます。雨量などの生育環境によって、状態や形状はそのつど異なるため、加工の方法もその年の蔓に合わせて調整されます。同じものが決して出来ないのは、人間がコントロールできない自然の恵みを活かした工芸品だから。皮の曲がりや節を生かしたデザインもありますが、井伊さんが愛用する「細編み」は、職人の手で、皮を均質に仕上げる人の手仕事があってのデザインです。
作業台に固定したナイフで、蔓の皮を削る工程。一本一本に曲がりや節に個性があるため、職人が指先で角度をかすかに変化させながら、均質な一本を削り出す。
大小さまざまな木型に沿って編み込んでいく。
縦に通った蔓に対して横に蔓を通して、締め、また通しを繰り返す。蔓が育つ時間や、地道な手仕事にかかる時間が編み込まれて籠になる。
工房を訪れて、作業工程ごとに分かれている部屋を移動しながらお話を聞いて、蔓がバッグへとゆっくりと形を成していく様子は、極めて根源的な「ものづくり」のプロセスを体感していく時間でした。
「山ぶどうの蔓がこれほど太いこと、収穫のために山深くに入る作業があることは、今回初めて知りました。工房の外に並んだ荒々しくて迫力のある自然の素材は、職人の方々の手を介して人の暮らしに寄り添う道具になっていく。手当てをされればされるほど繊細な籠になる。山に入っていく方の勇ましさを想像して、それを受け取った職人の方々の丁寧な仕事を目の前で見て、この籠への愛がいっそう深まりました」

※受注生産により2023年2月中旬お届け予定
自分とともに年を重ねる、山ぶどうの籠バッグ
「たとえばA4サイズの仕事の資料は、一つ折りにして入るくらいの大きさで、ペンケースやポーチ、文庫本、水筒も入って収納力がある。そして、洋服にも合わせやすい細かな編み目。出来上がるまでに、とても時間のかかる仕様で値も張るけれど、&ISSUEでは、受注をしてから手元に届くまでの時間を自分とものの関係を育てる時間として考えられるのではないか、そしてラグジュアリーの定義を問いかけてくるアイテムを提案してきました」
「この籠バッグの生産過程は、素材の収穫から編み上げるまでシンプルというかプリミティブなものだけれど、数字では測れないような知恵や、コントロールしきれない自然との関係性があります。完成まで長い時間がかかることには、すっと腑が落ちる。ものが出来上がるまでの背景を想像して、現代における名品を提案してきた&ISSUEで紹介したいと思ったんです」

※受注生産により2023年2月中旬お届け予定
「私の籠が届いたのはオーダーをしてから半年後でした。車の助手席や、仕事の打ち合わせでは自分が座る椅子の上にちょこんと置き、手にとって歩いて、時間をともにしています。季節を問わず、どんな洋服にもさりげなく寄り添ってくれるとてもオールマイティなバッグであることも、私が日々つい手にとってしまう理由かもしれません
「だんだんと、からっと乾いたような色味だったのが年々しっとりと艶を帯びて、黒に近づいてきました。手の油分が伝わって深まると聞いて、よく撫でたりもしています。かっこいい色を眺めていると、この籠と一緒によい年の取り方ができたらな、と思うのです」
Direction & Styling|Yuriko E
Photography|Mitsuo Okamoto (Fashion)
Edit and Text|kontakt