日本橋三越本店で愛されてきた、門外不出の人気味噌ギフト

1674年(延宝二年)、<山吹味噌>で知られる信州味噌株式会社の前身「酢久商店」が信州小諸に誕生しました。今年で創業350周年を迎え、前年の1673年が日本橋三越本店(当時は越後屋)の創業年とは不思議なご縁のようです。<山吹味噌>は、日本橋三越本店で約1年前に予約を承るという、特別な受注を長年行ってきました。実は多くのリピーターを持つ、知られざるロングセラーの味噌です。
一年先の相手を想い、一年かけて準備するオーダーメイド味噌
江戸時代、信州小諸には中山道から続く北国街道が整備され、「酢久商店」創業者の小山 久左衛門正顕は、小諸藩主から貰い受けた土地で商いを始めました。当時の主力商品は酢、そしてまだ味噌と醤油は一体の溜まりとして販売されていました。醤油と味噌が別々に醸造されるようになったのは、1788年(天明3年)。信州で最も古い味噌蔵の一つとして知られるようになります。
現在の<山吹味噌>のブランドは、それからずっと先の1951年(昭和26年)に誕生しました。社名は信州味噌株式会社となりましたが、今も<山吹味噌>の製造元として知られています。
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「酢久商店」明治35年(左)と大正15年(右)
鰹節などを仕入れ販売していた時代もあった
日本橋三越本店と<山吹味噌>には、豫約醸造の味噌ギフトを日本で初めて一緒に取り組んだという特別な歴史があります。最初は、「うまいもの会」という食品の良品をお客さまにご紹介する販売会への出店からでした。昭和60年ごろに当時の<山吹味噌>当主が、「お客さまにもっと心のこもった味噌を」と日本橋三越本店と一緒に考えたのが豫約醸造。
当時、味噌は「みそをつける」の言葉もあり贈答用になることは稀でした。ところが、味噌造りの始まる大寒(1月20日ごろ)前の年末に早くも翌年のお歳暮として予約注文を受けつけ、一年かけて準備するギフトは、贈り主の心をしっかり伝えてくれると大ヒットになりました。<山吹味噌>とは一体どんな味噌なのでしょうか。
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小諸工場(左)と江戸時代建てられた門(右)
山吹色は縁起色でもある
<山吹味噌>の名に相応しく、赤でも白でもない山吹色が伝統の色です。春に咲く山吹の花は、黄金色ともいわれます。江戸時代には、大判小判の小判を「山吹色」と呼びました。日本人にとって大事なお米、稲穂は黄金色に実ります。山吹色は、縁起色としても大事な意味を持ち、金運アップの意味もあるそうです。
原料のお米
豫約限定味噌の米(麹)は、昨年採れた食用新穀米の品質の高い、美味しい米を使います。麹の働きにより、発酵を促し、深いコクと香りを醸し出します。
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出来上がった米麹
江戸時代の家傳を守り大豆は「蒸す」
<山吹味噌>には家傳とされる江戸時代の古文書があり、そこには、
「蒸(む)し申(もうし)候(そうろう) 煮(に)ることはあまみぬけて悪(わる)し」
(味噌は蒸すよう申し伝えます。煮ると甘みが抜けて味わいが悪くなります。)
と書かれているそうです。
現在の味噌は煮て造る場合が多いです。しかし、<山吹味噌>では豆の旨みを閉じ込めて、煮汁に旨みが出てしまわないよう頑なに蒸す、の教えを守っています。
味噌に好適でタンパク質豊富な「白眉大豆」を使用
<山吹味噌>の大豆の選定基準は、蒸して美味しいかどうか。豆全体の旨みを活かすために皮ごと使うので、薄皮である必要があります。
現在は、契約栽培する中国黒竜江省産限定の白眉大豆を使用。タンパク質が豊富で大豆の旨みがつまっています。伝統の山吹色になるのもこの大豆ならではとのこと。
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白眉大豆
大寒の時期に仕込み、10カ月間の低温熟成
昔から味噌の仕込みは、雑菌の少ない大寒の時期に行うのが伝統でした。信州は寒暖差が大きく、冬の寒さは特別です。今も大寒の時期に仕込み、夏を越す頃に天地返しといって味噌の天地をひっくり返し、熟成の速度をならします。豫約醸造の味噌蔵は、敷地内でも特に気温の低く保てる蔵で貯蔵します。
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蔵人による桶管理の様子(左) 豫約味噌蔵(右)
浅間山麓のミネラル豊富な伏流水が決め手
水質にも大きな特徴があります。仕込み水は、浅間山麓の伏流水で硬度が約160度。硬度の高い水は豆の旨みを引きだすのが難しく、一般的に味噌造りでは軟水が好まれます。また、蔵は標高700mで水の沸点も低くなります。ここはまさに職人の腕の見せ所。伝統的にこの環境、水の扱いを心得てきた蔵人 萩原さんは「ミネラル豊富な浅間山麓の水が<山吹味噌>らしさに大切」と語ってくれました。
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浅間山の伏流水が<山吹味噌>を支えている
一度食べたら翌年も。リピーターになるロングセラーの味わいとは?
<山吹味噌>の味噌造りの特長をお伝えてしましたが、味についてもお伝えしましょう。
まずは、色合いから。褐色にならず程よいメーラード反応といいましょうか。味噌は熟成の過程で大豆のタンパク質と米麹の糖が着色反応を起こし、独特の風味が生まれ着色が起こります。温度が高ければ着色が進み酸化も進みます。標高の高い低温熟成の<山吹味噌>は、繊細で色味も柔らかさのある熟成。色合いのほどよさが、味わいにも表れていると思います。
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完成した山吹味噌
箸やスプーンを入れると重さもなく、すっとすくえる柔らかさ。軽いキャラメル香のような甘さと豆の旨みがあり、まろやかです。舌触りも香りも味わいも、まろやかという言葉がぴったり。白味噌のようなまったりとした甘みではなく、赤味噌のような熟成による渋みや強い旨みとも違います。ギフトとして長く愛されるのは円味、バランスよく、でも単調ではない繊細な味わいのバランス故なのかもしれません。
「どんな出汁、どんな具材にも合います。良い意味で個性が強すぎないので、贈り物にしやすい味」という<山吹味噌>の方の言葉を思い出します。味噌汁以外でも、野菜にそのままつけても良いでしょうし、和食に限らずクリーム系料理との相性も良さそうです。
現在の信州味噌誕生には秘話があります。東京が関東大震災、第二次世界大戦の二度の戦災で食糧不足になった時、被害のなかった信州から味噌を大量に送ったのだそうです。信州味噌は、従来は熟成の長い赤味噌でしたが、あまりに需要があったため、少し若いうちに送ったところ熟成が浅めの味噌が東京の人たちに好まれるようになったのだそうです。
今私たちの知る信州味噌は、そんなリニューアルバージョンなのです。皆さまはどのようなお味噌がお好みですか。東京人の好みで新たに生まれた味わい、信州生まれの<山吹味噌>が皆さまのスタンダードな味わいにもなるかもしれません。